シフトアップIT利活用 経済産業省の次なるシナリオ

<シフトアップIT利活用 経済産業省の次なるシナリオ>第1回 経済・産業の活性化に向けて

2003/09/01 16:18

週刊BCN 2003年09月01日vol.1004掲載

 新しいIT国家戦略「e-Japan戦略II」に続き、「e-Japan重点計画-2003」が8月に正式決定され、中央府省が戦略の具体化に向けて一斉に動き出した。特にe-Japan戦略IIの目玉である「ITの利活用」では、経済産業省の取り組みがカギを握っているのは間違いない。ITによって国民の暮らしはどのように便利になるのか。新しい需要を創造して経済・産業の活性化にどうつなげるのか。これまで今ひとつ実感しづらかったという印象は否めない。ITによって何が実現できるかを国民に示すことで、“ITへの期待値”を高め、ITの利活用を促進して市場を育てることが、IT産業を所管する経済産業省の最大の使命でもある。(ジャーナリスト・千葉利宏)

■7つの分野で取り組み開始、国民にわかりやすさアピール

 2001年1月に策定されたe-Japan戦略では、欧米や韓国、シンガポールなどの諸外国に比べて大きく遅れていたネットワークのインフラ整備が中心的課題だった。高速インターネットの接続環境の整備に加え、電子商取引(EC)のための法的整備やセキュリティ対策といった基盤整備を中心に取り組みが進められてきた。

 しかし、わずか2年半でインターネットの接続環境も整備され、料金も世界的にみて最も安い水準を実現。「インフラ整備」から「ITの利活用」へと、IT戦略も第2ステップへと進化することになった。情報サービス産業を所管する経済産業省にとっては、ようやく本格的な出番が訪れたわけだ。

 昨年暮れから、e-Japan戦略IIの具体的な見直し作業がスタート。ITの利活用を推進する先導的分野として「医療」、「食」、「生活」、「中小企業金融」、「知」、「就労・労働」、「行政サービス」の7つが選ばれた。世界最高水準のIT利活用を達成することが、IT産業の育成のためにも早道であることを認識していた経済産業省では、政策効果が最も期待できるアプリケーション分野を早くに絞り込んで、半年かけて具体的な目標の設定に力を注いできた。

 7分野ともこれまでは規制が強い分野だっただけに、IT利活用による規制緩和で構造変化が起これば、国民にアピールしやすい。しかし、規制が強い分野は、往々にして既得権が強い分野でもある。そこがITの利活用を進めていく上でネックになる懸念もある。これまでのやり方を100%変えていこうとするような“先駆者”をいかに育てるかがポイントという認識だ。

 例えば、「中小企業金融」では、新たにITを組み合わせたエスクロー(第三者預託)制度や電子手形サービスの導入を目指している。大手企業に比べて弱い、中小企業の与信力や資金調達環境を改善するのが狙いだ。こうしたツールが日本に定着し、新しい金融マーケットとして大きく開花するかどうかは、こうした制度を活用して競争力を高める中小企業や、そうした中小企業相手にサービスを提供する先駆的な事業者が発掘できるかどうかにかかっている。

■質の高い電子政府目指す、電子タグで業務改革も

 経済産業省では、こうした先導的7分野への取り組みに加え、電子政府と電子タグを組み合わせた3本柱でITの利活用促進策を展開していく考えだ。電子政府については、7月に策定された電子政府構築計画に基づく業務とシステムの一体的改革が課題となる。その基盤となる最適化手法「エンタープライズ・アーキテクチャー」の確立も含め、質の高い電子政府を各府省に先んじて実現するのが経済産業省の重要な役割である。

 第3の柱は「電子タグ」だ。「電子タグをキッカケに、取引に必要な鋼板のスペック情報を日韓で標準化して検索できるようにしようという動きが出ている。流通インフラを個別に作り込んで競争するのはやめて共通化し、製品やサービスの中身で競争しようという意識に変わりつつある」(村上敬亮・商務情報政策局情報政策課課長補佐)。電子タグというツールを通じ、業界や企業の壁を超えた業務改革が進む可能性が生まれるというわけである。確かにITにあまり詳しくない企業経営者でも、経営とITが直結した電子タグであれば理解しやすいかもしれない。

 他方、経済産業省ではこうした利活用を進めるための基盤として、(1)情報セキュリティ(プライバシー保護を含む)、(2)人材育成、(3)技術開発――の3分野にも積極的に取り組んでいく。脆弱性対策、日本版SEI(産学連携のソフトウェアエンジニアリングの強化機関)、ITスキル標準など新たな取り組みも加速させていく予定だ。

 「電子タグなどITを利活用することで、社会や産業などあらゆる仕組みを可視化すること。それによって、新たな構造改革や競争を生み出していくことが日本のIT戦略を進めていくうえで重要な視点だ」(村上課長補佐)。日本経済の構造改革と新価値創造のために、ITの力をどう引き出していくか。経済産業省にとって、これからが正念場である。

【軸足をIT利活用強化に移す】

平沼赳夫 経済産業大臣

 2001年1月に策定されたe-Japan戦略の下、高速インターネットへのアクセスが3000万世帯可能、行政への申請・届出等の97%が2003年度末までにオンライン可能となるなど、ITインフラの整備は急速に進んだ。しかし、実利用の面では未だ課題が多く、今後は、去る7月に策定されたe-Japan戦略IIの下、政策の軸足をインフラ整備からIT利活用の強化に移すことになる。

 具体的には、企業・業種の壁を超えた電子タグの導入、行政改革と一体化した電子政府の構築等構造改革をともなう先進的な分野でのIT利活用を集中的に促進していく。また、ソフト・ハードの技術開発、人材育成、情報セキュリティなど、IT利活用の強化を支える基盤整備も重要になる。

 経済産業省では、こうした形でIT政策を第2段階へと進めてまいりたい。(談)

「e-Japan戦略II」の決定により、政府のIT国家戦略が「利活用」に重点を置いた第2フェーズへシフトを始めました。その中で経済産業省が描くIT利活用の次なるシナリオとは――。BCNではその具体像を本号から計5回にわたり集中連載します。
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