「IT産業はこれまでマーケットがキチンと機能していない産業だった」――。久米孝・情報処理振興課課長補佐は、経済産業省が抱いている危機意識をそう言い表した。e-Japan戦略がIT利活用へとシフトするなかで、IT企業を育てていくべき“手強い”ユーザーが十分に育っておらず、マーケット機能が発揮されないとの構造的な問題がクローズアップされてきたのだ。

 どんなマーケットであっても、厳しいユーザーがいてこそ企業の競争力が高まっていく。しかし「日本のIT企業は、日本語という壁にも守られ、厳しい国際競争にさらされてこなかった」(久米課長補佐)のは確かだろう。加えて、システムやソフトの特性から、商品の良し悪しを正しく客観的に評価することが難しいことも、ユーザーが育ちにくい原因ともなっていた。

 経済産業省は、IT利活用の促進とIT産業の競争力強化に向けて、これまであまり手が付いていなかった難問に本格的に取り組む決意だ。その目玉として2004年度(平成16年度)概算要求に盛り込んだのが、産学連携ソフトウェア工学実践拠点「ソフトウェアエンジニアリングセンター(SEC)」(要求27.5億円)の設置である。

 ハードのモノづくりでは世界の最先端を行く日本だが、ソフトのモノづくり=生産技術の育成にはあまり力が注がれていなかった。IT企業ごとにシステムやソフトのつくり方がバラバラの状態で、ユーザーも商品の良し悪しをとても判断できるような状況ではなかった。

 「大学で取り組んでいるのも、コンピューターサイエンスが中心。つまり物理学の研究は盛んだが、実際にモノづくりするための土木工学の蓄積が不十分なので、大きな橋やビルを効率的に作ることが難しいというようなもの」(河野太志・情報処理振興課課長補佐)。SECは、産学が協力して、ソフト開発の成功・失敗例を収集・分析しながら、高品質のソフトを効率よく生産するための技術体系を確立。同時にユーザーにとって役に立つソフトの品質・価値評価手法の開発もめざす。

 ソフトの良し悪しは、IT技術者の能力に依存している部分も大きい。経済産業省では、今年3月、技術者の能力・スキルを体系化した「ITスキル標準」を策定。ユーザーがIT技術者を客観的に評価できる基盤を整備した。

 このITスキル標準をベースに、どのような教育・訓練を行えば、求められる高度なIT技術者を育成できるのか。概算要求に「ITスキル標準対応型教育訓練支援事業」(4.0億円)に新規に盛り込み、ユーザーが評価できるIT人材を幅広く育成していく環境を整備する。「ユーザーを意識しない産業育成などあり得ない」(久米課長補佐)。経済産業省の産業育成政策の基軸もIT利活用へとシフトアップしようとしている。(ジャーナリスト・千葉利宏)