コンピュータ流通の光と影 PART VIII

<コンピュータ流通の光と影 PART VIII>最先端IT国家への布石 第48回 福岡県(上)

2003/10/20 20:29

週刊BCN 2003年10月20日vol.1011掲載

 福岡県のIT政策は、麻生渡知事が2002年6月に提唱した「ふくおかIT戦略」に基づき、電子自治体や地場IT産業の活性化などのビジョン達成に向けた取り組みが、今年度になって急速に進展した。業務システム最適化手法のEA(エンタープライズ・アーキテクチャ)による県庁の共通基盤整備や福岡市内にあるインターネットデータセンター(IDC)の共同利用、通信インフラの整備――など、目を見張る施策が並ぶ。特に、自治体のシステム構築における「大手ITベンダー依存からの脱却」は鮮明になっているようだ。福岡県のこうした動きは、九州各県に波及し、大きなうねりとなりつつある。(谷畑良胤)

「ふくおかIT戦略」が成熟期に 地場IT産業の育成に力 ビジョンの浸透は、まだ途上

■ギガビットハイウェイの民間利用拡大

 政府の「IT戦略本部」が今年7月、IT政策の新指針「e-Japan戦略II」を発表した。この中には、「IT基盤を生かした社会経済システムの積極的な変革」がうたわれている。これに準じた施策として、福岡県では2001年11月、常時接続・高速大容量の「ふくおかギガビットハイウェイ」を構築。民間への無料開放を実現し、地域産業の活性化策をスタートさせた。

 「通信インフラはもとより、福岡県のIT戦略は全国をリードしている」(溝江言彦・福岡県企画振興部高度情報政策課情報企画監)という自信に表れるように、行政機関の情報化、地域産業のIT化、IT人材育成――などの構築に向け「“舞台裏”は整った」(溝江企画監)という。福岡県のIT政策は、「基盤整備」から「利活用」へと他県をリードして一段階進もうとしている。

 「ふくおかギガビットハイウェイ」の構想が練られたのは、麻生渡知事が国際競争力のある「IT先進県」を目指し「ふくおかIT戦略」を打ち出した02年6月。02年11月までに県内9か所のアクセスポイントを持つ2.4ギガビットのブロードバンド幹線を自設で構築した。

 今年7月現在、ISP(インターネット・サービス・プロバイダー)事業者やコンテンツ配信事業者などの民間43件、県と市町村を結ぶLGWAN(総合行政ネットワーク)など行政事務27件に利用が拡大している。民間企業レベルで県内外の3125社・事業所が何らかの形で同ハイウェイを利用していることになる。

 同ハイウェイを構築した当初は、ISP事業者に使ってもらう程度の利用と予想していたが、県外の企業が県内にサーバーを設置したり、幹線が韓国・釜山とも光ファイバーで接続されているため、アジア圏の企業とeコマース事業が広がるなど、地域の活性化で成果を上げ始めた。

 予想以上の反響に福岡県では、県外企業の誘致を活発化するため、同ハイウェイと国内主要都市を結ぶ仮想専用線を準備中だ。「情報戦略では、東京一極集中を打破できる」(溝江企画監)と強気の姿勢を見せる。

 福岡県が同ハイウェイを民間に無料開放した最大の目的は、地場IT産業の活性化と雇用促進、県内中小企業のIT化を促すことにある。実はこの目的、県庁や県内自治体のIT調達・開発・運用の問題点を改善する上で、重要なキーワードにもなっている。

 これまで、自治体のIT基盤整備の多くは大手ITベンダーに依存しており、加えて重複投資が問題になっていた。大手企業の寡占状態を改善し、地場IT産業に自治体市場を開放する施策が、「ふくおかIT戦略」をベースに着々と練られている。

■EAの共通基盤が年内に完成へ

 地場IT産業を活性化させる起爆剤として、今年度は福岡県の施策のうち大きく2つのIT政策が前進した。その1つが、米国の政府機関がIT投資効果の向上を図る目的で活用する業務システム最適化手法「EA(エンタープライズ・アーキテクチャ)」を電子県庁構築で全国で初めて導入したこと。EAの構築は、データ体系や適用処理体系、技術体系を共通化して、「TRM(技術参照モデル)」をまとめ、共通基盤として整備する事業で、福岡県では年内に完成させる計画だ。

 従来のシステム構築では、調達側である福岡県庁のIT担当職員がRFP(提案要請書)を書けないために、このRFPの作成段階から資金力のある大手ITベンダーに“丸投げ”し、事実上、大手ITベンダー主導で決まっていた。

 今後は、EAによる共通基盤の整備によりシステム作成の約束事が明確になるため、「福岡県庁のIT調達の参加に必要な技術やアプリケーションの作成方法が公開され、地場IT企業の参入障壁が減る」(溝江企画監)と、地場IT産業の活性化につながるという。

 この共通基盤の約束事は、J2EEベースのオープンプラットフォームで構築されているため、電子自治体の構築に悩む県内市町村の自治体や県外自治体へも「共同アウトソーシング」の形で展開できる。現在、福岡県内の市町村は基幹業務をメインフレームから分散型のシステムへ移行を進めているが、新たな基盤構築には時間と労力が必要になる。この共通基盤を利用すれば、短期間で、かつ安価に電子自治体構築を加速できるわけだ。

 福岡県では、この考えを県内の市町村に浸透させるため「共通基盤の共同利用」に向けた啓発を強化。「この共通基盤上で起動する電子申請や財務会計、電子調達などアプリケーションについても、県内外の市町村が共同で開発・利用・流通が可能になる」(溝江企画監)と、自治体の拡大参加に期待する。

 さらに、地場IT産業の活性化策では、最大の懸案になっていたインターネットデータセンター(IDC)「ふくおかIDC」の共同利用環境が今年4月整備された。九州電力グループのキューデンインフォコムが構築したIDCに、福岡県自ら情報システムのアウトソーシングを開始。「特定ベンダーに頼らないIDC」として利用可能にした。

 同時に今年度から、「ふくおかIDC補助金制度」を開始。このIDCにサーバーなどを新たに設置し、インターネットを利用したコンテンツ配信やASPサービスなどeビジネスの展開を図ろうとする事業者に対し、ハウジング費用(1ラック30万円/3年間)の一部を福岡県が補助する。

 「ふくおかIDC」は、北九州市など17市町村による「北九州地区電子自治体推進協議会」が開設するIDCを利用する自治体を除く、約70市町村がLG WANなどで利用する見通しだ。通信インフラや共通基盤が完成した福岡県の次の取り組みは、この好環境を生かしたITサービスを充実する段階に入っている。


◆地場システム販社の自治体戦略

NEC九州支社

■1社一括納入からの脱却

 九州の各県が福岡県の方針を受け「大手ITベンダーからの脱却」を掲げるなか、大手ベンダーの一角を占めるNECは、事業の方向転換を余儀なくされている。「電子申請・調達などのパッケージソフトや基幹系システムは、1社一括納入が厳しい情勢」(野呂聖一・九州支社長)という。

 そこで同社は、基幹系だけでなく、住民サービスや自治体CRM(顧客情報管理)システム、防災システムなどを、市町村合併を機に導入する提案を自治体向けに強化している。

 「福岡県内の自治体には、地場のIT企業を使う考えが浸透している。こうしたサービス系のシステム納入も、地元IT企業とジョイントしてビジネスを進めたい」(野呂支社長)と、地元との協業で、どのように付加価値を生み出すかが問われてくると指摘。九州支社として、地場IT企業の育成にも力を入れる。

 大手ITベンダーから脱却し、安価なシステム構築を図ろうとする自治体の動きに対しては、「コストパフォーマンスに見合わない案件が多く、自治体のシステムを受注した企業は大変」(野呂支社長)との見方を示す。

 一方、NEC九州支社は福岡県内の民間企業向けに、今年度から経営者向けIT資産分析のサービス「経営支援ソリューション」を試験的に開始した。まずは、低迷が続く北九州経済立て直しのために、経営者に新規IT投資を働きかけていく。
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