OVER VIEW

<OVER VIEW>世界のIT業界、緩やかな市場成長へ Chapter4

2003/12/22 16:18

週刊BCN 2003年12月22日vol.1020掲載

 1990年代前半、巨額赤字に陥ったIBMを蘇らせたのはITサービスへのシフト戦略だったことはよく知られている。サービスはコンピュータの据え付けから始まったが、今やそのメニューはきわめて多様化し、これを整理することすら難しくなった。ITサービスは徐々にITの日常的運用管理をユーザーの手から解放することに向っていると理解できる。ITプロフェッショナルでない顧客ユーザーの経営資源を、ビジネスのコアコンピテンシーに集中させるというのがITサービスの狙いで、メニュー多様化はこのベクトルに沿ったものだ。(中野英嗣)

提供メニュー多様化で伸びるサービス市場

■サービスに賭けて復権したIBM

photo 93年、巨額赤字を抱えていたIBMのCEOに異業種から転じて就任したルイス・ガースナー氏は、IBM時代を振り返えった自著「巨象も躍る」で次のように述べている。

「自分はIBMで2度幸運に恵まれた。第1は月面人類着陸のコンピュータ指揮者で当時IBMサービス部門トップのデニー・ウェルシュ氏に会ったことだ。第2はIBMがインターネット時代の到来を見越しネットワークコンピューティングに賭けたことだ」

 ガースナー前CEOはハードのフルベンダーであったIBMを世界一の巨大ITサービス企業に転身させた。IBMのサービス事業は直近10年間、同社全売上高が僅か26%した伸びなかったなかで2.5倍と大きく伸びた(Figure19)。

 さらにネットワークに賭けたことで、IBMは97年にeビジネスコンコンセプトを提唱し、「eビジネス=IBM」という図式を世界市場に定着させて、そのソリューション事業で独走し、サービス売上高を大きく伸ばした。長い間のIT不況から脱出しつつある現在の世界IT市場でも、コモディティ化したIT商品の価格デフレはとまらず、台数の伸びも金額の低下を支えきれない。

photo これに対し、ITサービスは年々刻々その内容を多様化することで新しいメニューを顧客に提出して伸び、市場全体の緩やかな成長を支えている。ITサービスは商用コンピュータ出現と同時に、その客先での据え付け、保守から始まった。その後、システム設計・構築、アプリケーション開発へとメニューが多様化した。さらに企業ワーカーのクライアントパソコンが普及するとヘルプデスクが重要なメニューとなり、インターネット時代の幕開けと同時に、ネットワーク関連に多種のサービスメニューが次々と出現した(Figure20)。

 さらに90年代後半からユーザーITのホスティング(運用管理)を受託するアウトソーシングが事業の柱の1つになった。これに関連し、iDCサービスも始まり、02年以降にはITだけでなく顧客ビジネスのコンサルティングとITインフラ構築サービスが一体化する新しいサービスカテゴリーが業界で注目されるようになった。

photo さらにITがビジネスプロセスの変化に連動するオンデマンド時代へと向うにつれ、ビジネスプロセスそのものをITと一体化して受託するアウトソーシング、そして究極のITサービスといわれる、従量課金制のアウトソーシング「ユーティリティコンピューティング」の姿も見えてきた。

■戦略投資へのシフト サービスとしてのソフト事業へ

 IBMのサム・パルミザーノCEOはIT業界全体のサービス事業へのシフトの動きを次のように説明する。「IT産業はこれまでの箱としてコンピュータを売る時代から、コンピューティングパワーをサービスとして顧客に提供する業態に変わった」。世界の企業経営者は、企業売上高に占めるIT投資額の比率を注目する。わが国では経済産業省の「平成14年情報処理実態調査」によると、01年当比率は1.3%と上昇気運にある。米国では業種横断的平均で1.7%とも報告されている。

photo しかし、「この売上高比率と企業業績向上との相関度はきわめて低い」とアクセンチュアは説明している。それよりも「全IT投資に占める、固定的支出でない、戦略的投資支出の割合いが高いことが、業績向上と密接な関連がある」とアクセンチュアは説明する。この戦略的支出比率は企業規模が大きくなるほど高いことが知られている。従ってこれからのSMB(中堅・小企業)対象のソリューションプロバイダ(SP)にとって、ユーザーに対し固定的支出をどのように戦略的支出にシフトさせるかのコンサルティング力が問われることになる。米調査によると、米企業IT投資の38%はIT部門の人件費と報告されており、IT投資が大きく増額できない環境でこの構成比をどう変化させるかがSPにとっての課題と指摘できよう(Figure21)。

 この課題解決はIT業界全体にとっても重要である。とくに戦略的投資増加は、新しいウェブベースのアプリケーション、ERP、CRM、SCMなどの利用をユーザーに促すことと直結する。しかし、新規アプリケーション採用は初期投資も大きく、これに関するITスタッフも増員となる。これを避けるため、米有力ソフトベンダーのシーベル、ピープルソフトなどが自社CRMをホスティングで提供し始めると、採用が急速に増加した。既に米国大企業、中堅企業では44%がソフトのホスティングサービスを利用中か、利用を決定している(Figure22)。

photo このスタイルは、ソフトを商品として販売するのではなく「サービスとしてのソフト事業」だ。当初立ち上がりの悪かったASP(アプリケーションサービスプロバイダ)事業もこの流れに乗って03年から米市場では急上昇し始めている。

■次々に出現して多様化する、ITサービスメニュー

 インターネット基盤のウェブアプリケーション時代となると、ITサービスの内容は目まぐるしく多様化している。企業は既存アプリケーション向けの運用コストを削減して、戦略的アプリケーション採用へ振り向けると同時に、ネットに絡む多くのサービスニーズにも対応しなければならない。これらのなかでも目立たないが堅実な需要があるのは、企業が所有するIT資産を管理するサービスだ(Figure23)。

photo 投資効率化、IT資産評価あるいはIT-ROI(投資対効果)の観点からもこのサービスへの需要は増えている。企業ではこれまで蓄積されてきた多くのアプリケーションのなかには既に役割りを終え、利用率も低いものがあるが、この運用が停止されていないものも多い。このため無駄にITインフラが占有されていることも散見され、アプリケーションごとの棚卸しも重要だ。

 またウイルス攻撃も激しくなるとセキュリティ確保のためのサービス、あるいは被害がでた場合のレジリエント(復旧)にもIT部門は責任をもたなくてはならず、このための新サービスも出現した。また9.11テロ以降は、テロ攻撃などの災害復旧、および攻撃されてもビジネスを停止しないようなビジネスコンティニュイティ保証のサービスもとくに米国では需要が多くなっている(Figure24)。
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