テイクオフe-Japan戦略II IT実感社会への道標

<テイクオフe-Japan戦略II>54(最終回).個人情報のめぐる論点

2004/08/30 16:18

週刊BCN 2004年08月30日vol.1053掲載

 「2005年に世界最先端のIT国家をめざす」──。壮大な目標を掲げて2001年にスタートしたe-Japan戦略も、節目の年に向けてスパートの時期に入った。この連載シリーズも次回から表題を替えて、最後の追い込み状況をレポートしていくが、IT国家への道のりがそこで終わるわけではない。目標達成への努力を進める一方で、これまでの基盤整備を踏まえて次のステップを見据えた議論がどう展開されるかに注目していきたい。(ジャーナリスト 千葉利宏)

IT国家は管理社会か?

 ちょうど3年前、BCN紙面での連載を担当した当初、実はe-Japan戦略が掲げた目標に半信半疑であった。歴史的にみて7世紀ごろの木簡(木片に文字を書いたもの)以来、1000年以上に渡って構築されてきた「紙」を基盤とした社会システムが、コンピュータが発明されてわずか60年でどこまで変われるのか。言葉で言うほど簡単ではないと思えたからである。

 ITがもたらす情報化の本質は「オープンで透明性の高い社会の実現」と言われる。ところが、私が長年、取材対象としてきた公共事業や建設・不動産業の実情を見ても、とても透明性が高いとは言えない。むしろ現時点では透明性が高まると困る人たちの方が多いくらいで、公共事業の場合はe-Japanの旗振り役である政治家や官僚が最大の阻害要因になっている面も否定できない。7月下旬に公正取引委員会が13年ぶりに排除勧告を出した新潟市の談合疑惑がそれを示している。個人も同様だ。個人情報が勝手に流通することには誰もが嫌悪感をもつだろうし、自分の情報はできるだけ秘密にしておきたいのが人情。住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)導入をめぐる混乱も、根底には個人情報保護の問題がある。行政サービスのほとんどは、サービスを受ける側の国民が申請手続きを行うのが基本で、行政側が年齢や所得などの資格要件を勝手に調べてサービスを提供することはない。そうしたくても「紙」のシステムでは不可能だったわけだが、ITを使えば簡単に対象者を抽出することはできる。問題はそれを国民が認めるかどうかだ。

 まだe-Japanの取材を始めたばかりのころ、ある市役所の電子自治体担当者がこんな夢を語ってくれた。「お年寄りが窓口に来たとき、行政サービスの利用状況がモニターに表示され、こちらから『こんなサービスも受けられますが、いかがですか?』と言えるコンシェルジェが理想」。それを聞いたときは「確かにお年寄りには親切だが、個人情報を名寄せすることになるので賛同が得られないだろう」と判断してしまった。ところが、日本経済新聞社主催の電子政府・電子自治体戦略会議でフィンランドのオッリ・ペッカ・ヘイノネン元運輸通信相の講演を聴いた時のこと。「フィンランドでは、税金の申告手続も行政側が勤務先や銀行などから必要な情報を集めて書類を作成し、納税者は確認して署名するだけ」という話が紹介された。日本でも源泉徴収制度によって勤務先から税務当局に所得情報が流れる仕組みが構築されているが、さすがに行政が銀行などからも情報を集めているという話は聞いたことがない。果たして日本でそれが認められるかどうかは別として、ITを使えば可能なのである。

 今年春、国土交通省の土地・水資源局が準備を進めてきた不動産取引価格の届出制度の法制化が見送られた。同じ国交省内部からも「個別取引の内容はプライバシー情報に関わるもので(届出制度が)認められるはずがない」との声が挙がるほど、各方面からの反発は予想以上に強かった。しかし、不動産取引価格ほど消費者にとって不透明なものはなく、最後は不動産鑑定士の査定に頼る仕組み。土地は私有化が認められているが、同時に公共性の高い財でもある。その取引内容が純粋な個人情報として公表されない仕組みは供給者側にとっては確かに都合が良いだろう。昨年5月に成立した個人情報保護法は、ガイドラインなどの整備が進められ、来年4月に完全施行となる。果たしてIT国家は、管理型社会に向かうのか、コンシェルジェ型となるのか。それとも個人情報は金庫に鍵をかけて一切使わないのか。IT国家をめざす限りは、避けては通れない問題である。(終わり)
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