e-Japanのあした 2005

<e-Japanのあした 2005>16.自律的移動支援プロジェクト(下)

2004/12/20 16:18

週刊BCN 2004年12月20日vol.1069掲載

 国土交通省は、自律的移動支援プロジェクトの本格的な実証実験を来年4月から神戸市でスタートする。今年10月から2か月間のプレ実証実験を通じ技術的な検証を行ってきたが、年明けからは対象地域を拡大し、数万個単位でICタグの設置準備を進め本格実験に備える。95年1月の阪神・淡路大震災からちょうど10年、震災復興に取り組んできた神戸市で、新しい街づくりのための社会実験がどのような成果を生み出すかが注目される。(ジャーナリスト 千葉利宏)


 同プロジェクトで実現をめざしているのは「場所が話しかける新しいサービスシステム」である。路面や建物の壁などの“場所”にICタグを埋め込み、携帯端末をもった人間がその場所を通るとICタグに書き込まれた情報コンテンツを端末が読み取って知らせる。携帯端末に情報を表示するときに、視覚障害者には音声で、聴覚障害者には文字と振動で、外国人観光客には外国語でとメディアを変えることで、交通案内や観光案内などのサービスをユニバーサルな形で実現できる。

 今回、大規模な実証実験を行うことにした背景も、新しいサービスシステムの実現には“技術”より“制度とコンテンツ”が重要と考えられたからだ。高速で移動する車との情報通信を可能にしたITS(高度交通情報システム)技術から見れば、人間の移動スピードに対応するのはさほど難しくなく、ICタグの技術も“モノ”にくくりつけられたものは実用段階にある。また、ICタグを路面点字ブロックに埋め込んで情報を読み取る実験は地下鉄の駅構内では実施済みで、神戸の実験は「屋内と屋外の違いがあるため、雨水対策として水を通しやすい周波数帯を使用するのが技術的には目新しい部分」(凸版印刷)という。

 しかし、技術的には実現可能な仕組みでも、多くの人が喜んで利用するサービスとして社会に定着するかどうかは別の問題だ。例えば、視覚障害者への交通案内を考えた場合でも、利用者が迷わない案内の仕方はどうすれば良いのか、交通案内という目的以外の情報の取り扱いはどうするのか、視覚障害者が利用頻度の高い場所はどこか――など課題も多いと思われる。基本的に「場所が話しかける」サービスだけに、利用者が話しかけてくる情報のレベルをどのようにコントロールできるのかも気になるところだ。こうした課題が実証実験を通じて明らかになり、これらをどう解決していくかが重要となる。

 さらに、セキュリティと個人情報保護への対応をどうするかも重要だろう。11月に開かれた「ユビキタス場所情報システム・シンポジウム」で、プロジェクトリーダーの坂村健・東京大学大学院教授が基調講演のなかで「ICタグは、場所にくくりつけるのであって、人にくくりつけるわけではない」ことを強調したが、あらゆる場所にICタグが埋め込まれ、それが個人情報と結び付くことを懸念する声も聞く。モノにICタグをくくりつける場合のセキュリティガイドラインはすでに経済産業省、総務省ともに策定して公表しているが、「場所にICタグをくくりつける場合のセキュリティや個人情報保護を改めて検討する必要があるのではないか」(ITベンダー)との意見もある。

 国交省では、神戸市での実証実験を踏まえて、2006年度以降、日本各地に同プロジェクトを展開していきたい考えだ。「新しいシステムを社会に定着させるには、10年単位で考えていく必要がある」(大石和久・財団法人国土技術研究センター理事長)というように、世界でも試みられたことのない新しいサービスを実現する取り組みはまだ、始まったばかりである。
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