コンピュータ流通の光と影 PART IX

<コンピュータ流通の光と影 PART IX>拡がれ、日本のソフトウェアビジネス 第21回 北海道(2)

2005/09/05 20:42

週刊BCN 2005年09月05日vol.1103掲載

 IT産業の集積が進む札幌市では、さまざまな方法でビジネスの差別化を図る動きが加速している。組み込みソフトやセキュリティなど特定分野で優れた技術力を発揮する企業やソリューション提案に力を入れる企業、北海道の人件費の安さを武器にコスト競争力で勝負する企業など、その取り組みはさまざまだ。(光と影PART IX・特別取材班)

IT産業の集積進む札幌 多様な取り組みで差別化

■特定分野の高い技術力で勝負

photo 北海道のIT産業で顕著な伸びを示すのは、組み込みソフト分野など特定分野の技術を持つ企業群である。大手通信事業者向け通信関連システムの開発やセキュリティ、携帯電話、デジタル家電、音声処理ソフトなど特殊な技術を駆使し、国内外の名だたる大企業を顧客にしている。北海道のIT企業約160社で組織する北海道IT推進協会の山下司会長(SiU社長)は、「国内だけにとどまらず、世界の市場を見ている」と、特定分野の高い技術力で世界に打って出る企業が続出していると話す。

 システムインテグレータ(SI)のつうけんアドバンスシステムズ(石井茂喜社長)は、大手通信事業者が使う通信システムのセキュリティ関連のソフト開発で業績を伸ばしてきた。昨年度(2005年3月期)の売上高は前年度比約7%増の43億円で、今年度(06年3月期)は50億円を見込む。同社が持つ通信の暗号化技術などが通信事業者から高く評価され、昨年度の売上高のうち半分強が大手通信事業者向けのソフト開発関連が占めた。

 通信事業者が新しい通信サービスを立ち上げる度に、「新しいセキュリティ需要が生まれる」(つうけんアドバンスシステムズの永井英晴・システム開発事業部取締役事業部長)と、通信事業者間で繰り広げられる激しいサービス競争を、主にセキュリティ面で支えている。

 無線LANやIP電話などのセキュリティソフトの開発を手がけるオープンループ(駒井滋社長)は、基本ソフト(OS)に依存しない暗号化ソフトの開発などで定評がある。今年6月には、次世代の無線ブロードバンド規格として注目を集める「WiMAX(ワイマックス)」に対応したIP携帯電話向けの暗号化などを行うセキュリティパッケージを開発。WiMAXに対応したIP携帯電話の開発を進める国内外のメーカーに向けて販売する。

 WiMAXは、ADSLなどの固定ブロードバンド回線に匹敵する最大75Mbpsの通信速度と、最長50キロメートルまでの通信が可能で、IP携帯電話を実用化する上でのキーテクノロジーと位置づけられている。オープンループでは、軽量コンパクトでOSに依存しない柔軟なアーキテクチャのWiMAX対応IP携帯電話向けセキュリティパッケージを開発したことで「他社との差別化」(オープンループの荒川宏樹・取締役CTO)を図っていく方針だ。

 一方、ソフト開発のアジェンダ(松井文也社長)は、独自のソリューション力やマーケティング力で業績を伸ばしている。アジェンダは年賀状制作ソフト「宛名職人」や家計簿ソフト「ミラクル家計簿」の開発などで全国的に知名度が高く、ゲームソフトの開発でも実績が多い。

 こうしたコンシューマ向けのソフト開発は、技術力もさることながら、マーケティングや売り方に長けていることが求められる。同社では、03年頃から顧客への訴求方法を「製品の差別化から顧客の差別化へ」(松井社長)と抜本的に改めた。「顧客の差別化」とは、たとえば、名刺制作ソフト「勝てる名刺」で「こんな名刺ができます」という製品本位の訴求をするのではなく、つくった名刺で「こういう成功を得られます」、「こういう夢を実現できます」と、顧客自身が差別化できる点を訴求していく「顧客本位」(アジェンダ・コンシューマプロダクツ部の柴田久美子氏)のマーケティングを徹底する。

 企業向けのビジネスも好調だ。昨年度(05年3月期)の売上高約6億円のうち、コンシューマ向けと企業向けの構成比はほぼ半々だったが、今年度(06年3月期)の売上見通し8-9億円の構成比は、企業向けが約6割を占める見込みにあるなど高い伸びを示している。

 この市場は顧客の抱える問題を解決するソリューション型のビジネスが主流で、こうした分野でも実績をあげている。ウェブと連動した基幹業務システムの受注が相次いでおり、02年には国際航空券の卸売り販売を手がけるワールドトラベルシステム(田中真司社長)と業務提携し、大規模な「総合旅行業支援システム」を開発した。ウェブと基幹業務システムを連動させた案件の受注拡大に、今後も力を入れていく方針だ。

■首都圏のソフト開発需要を引き受ける

 首都圏に比べて安い北海道の人件費を武器にして、ソフト開発ビジネスを伸ばす動きも活発だ。SE(システムエンジニア)やプログラマーの1か月にかかる費用を表す「人月単価」は、札幌の上級SEの平均は約60万円だが、首都圏の上級SEでは70万円以上するという調査もあり、コスト差は10万円以上となる。

 ソフト開発の北洋情報システム(村椿雅俊社長)では、この人件費の差を生かして首都圏などのソフト開発需要を北海道で一手に引き受ける「ソフトウェア工場化計画」(村椿社長)を進める。同社はソフト開発の体制の強化に向けて93年頃からグループ経営に乗り出し、現在は11社のグループを形成。年商は93年当時が約7億円だったのに対し、現在はグループ全体で約30億円にまで拡大した。

 ソフト開発のコア(井手祥司社長)の北海道カンパニーも、首都圏とのコスト差を生かして事業を拡大している。携帯電話などを中心とした組み込みソフト関連が好調で、同カンパニーの売上高の約6割を占めるまで拡大した。札幌は高等教育機関が充実していることから優秀な人材を確保しやすい。今後、こうした人材を求めて大手電機メーカーなどの開発拠点の進出数がこれまで以上に増えてくれば、「組み込みソフト関連のビジネスは一段と加速する」(コアの木内正・執行役員北海道カンパニーカンパニー社長)と、事業伸長に意欲を示す。

 特定分野の突出した技術力や顧客の問題を解決するソリューション力、首都圏などとのコスト差を生かしたソフト開発ビジネスなど、札幌のIT産業はさまざまな切り口で差別化を図り、拡大を続けている。独創的なアイデアや既存の価値観にとらわれない経営者・技術者も少なくない。今後、IT産業の集積がさらに進むことが期待される。
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