脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第6回 富山県南砺市にみる発想の転換

2006/10/09 20:37

週刊BCN 2006年10月09日vol.1157掲載

脱アーキテクチャの道をゆく

調整役と企画推進者がリード

 富山平野と飛騨・白川郷を結ぶ荘川街道。この街道沿いの4町4村が2004年11月に合併し、人口約6万人の南砺市が誕生した。合併団体数だけでなく、新しい行政運営方式が全国の注目を集めた。新市の発足に当たって合併協議会は「本庁を持たない」ことを決め、あわせてセンターコンピュータを撤去したうえでWeb型の総合行政サービスシステムを構築したのだ。“究極の脱レガシー”はいかにして実現したのか。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■合併の矛盾を解消

 行政区分を問わず、自治体には本庁があって、本庁の出先として支所・出張所がある。本庁の中にセンターコンピュータを設置し、支所・出張所をネットワークで結ぶ。それが行政機関の“普通”の姿、つまり常識。

 ところが、筆者が町の商店で「市役所はどこですか」と尋ねたとき、店員の表情に戸惑いが浮かんだ。しばらくして返ってきたのは、「役場ならあるけどねぇ…」が答えだった。役場はあるが市役所はない、というのだ。

 「どうして本庁を持たないのか、と尋ねられても、ちょっと…」と苦笑するのは、南砺市企画総務部の大浦章一室長。「合併協議を通じて8つの町村が折り合った結果」という。また情報システムの企画・設計を担当する市川孝弘係長は、「自前のセンターシステムを持っていないからといって、少しも不都合はありません」と断言する。

 全国の地方公共団体が注目し、現在も視察が月に1-2件は必ずある。毎回同じ質問があり、両氏は同じように回答する。行政関係者ばかりでなく報道関係者にも南砺市の取り組みは「常識を逸脱している」と見えるらしい。

 情報システムに限れば、同市が「自前のコンピュータを持っていない」というわけではない。合併した8町村の旧役場(現在は「支所」)にネットワーク・サーバーを1台ずつ置いている。これをループ型の専用回線で結び、データを相互にバックアップする。各支所内の業務用PCはLANからループ型ネットワークを通じてアウトソーシング・センターのアプリケーション・サーバーにアクセスする。

 その結果、住民は旧8町村のどの支所でも同一の手続きが行え、同一の行政サービスを受けることができる。当り前のことのようだが、実際にはなかなか難しい。合併によって手続きの手順が変わり、サービスの水準が低下したケースが少なくない。さらにその旧行政区の事情に対応できない、といったマイナス面が指摘されている。

■ゼロベースで協議

 合併の協議は01年の10月から、砺波市、小矢部市、庄川町、福岡町、城端町、井波町、福野町、福光町、井口村、平村村、上平村、利賀村の12市町村でスタートした。これらの市町村は廃棄物の回収・処理や水道業務など広域行政事務を協同組合形式で実施していた関係があった。

 しかし、市街部、農村部、山間部を抱えた広域行政をどう具体化していくか、12の市町村の意見を一つに集約するのは難しかった。翌02年末、砺波、小矢部、南砺の3地域で個別に合併の道を探ることになった。その結果、庄川町は砺波市に、福岡町は小矢部市にそれぞれ吸収されている。

 南砺地域8町村による任意協議会が発足した時、自前のシステムを保有していたのは城端、福野、福光の3町、あとの1町4村は大量データのバッチ処理を富山市に本社を置くインテックに委託していた。

 「どこが主導権を握るか、どこのシステムに合わせるかではなく、白紙に戻して新しい市のあり方、組織のあり方、システムのあり方を協議した」(大浦室長)ということだ。

 次いで福光町が総務省の支援による「地域公共ネットワーク構築事業」のモデルに指定された。つまり03年に発足した「新市情報システム構築推進委員会」は、福光町を軸に地域ネットワークの構築を推進する役割を負うことになったのだ。

 同市の脱レガシーが成功したポイントはここにある。協議に加わった町村がゼロベースで臨んだこと、調整役(大浦室長)とIT企画推進者(市川係長)が全体のリード役を果たしたことだ。

■優れたシステムは継承

 委員会が最初に取り組んだのは、基本ポリシーの策定だった。8つの町村を代表者で構成する総務・企画専門部会が中心となり、電算分科会、業務分科会で全体のビジョンを練った。

 「地域」の視点に立ってどのように情報化を推進していくのか、実務を所管する現業部門は何を望んでいるのか、地域産業との関連はどうか……。

 同年12月、新市の情報システムについて、(1)既成概念にとらわれない(2)公平かつ平等(3)年次計画に基づいた機能拡充の3項目の合意が成立した。基本的な考え方は「職員の意識と情報リテラシーを高める」「8町村の既存システムのうち、優れたシステムを選別選択する」ということだった。

 その合意に基づいて、行政CRM機能は福光町のシステムを継承することとし、新システムは統合決済機能(財務会計伝票や各種申請、一般文書などの処理)、統合GIS機能(防災・危険箇所管理や上下水管路網管理、通学路網管理などをビジュアル化する)、電子請求機能(各種の請求を電子的に処理する)、行政CRM機能──で構成することが決まった。

 実質的に新システムの設計を担当した市川係長は、「自前の運営か業務委託か。いずれも選択肢としてありました」と振り返る。本庁を置かず、8町村の役場を「支所」とする分散庁舎の組織に合わせるには、8町村のどこかにセンター・サーバーを置くマスター/スレーブ方式はそぐわない。「アプリケーション・サーバーをホスティングする協調分散型ネットワーク」に考えが傾いていった。

 コンピュータメーカーや情報サービス会社など6社による公開調達が実施され、結果としてインテックが選ばれた。「将来にわたるアプリケーション開発と運用保守の負荷を考え、アウトソーシングを選択した」と市川係長。また「地元企業であること、信頼関係ができていたことを重視したのは否定しない」とも続ける。

 新システムの構築に8町村が負担した予算総額は約6億円である。運用費が固定費化されたため、これまで各町村が投入していたIT関連予算と比べて2割程度の削減が実現し、受託したインテックにとってもメリットがあった。かつ地域のITボランティア団体との協働も実現した。

大浦室長、市川係長は「業務処理はすべてWebベースで行われるため、アーキテクチャは問題ではない」と口をそろえる。“究極の脱レガシー”は脱アーキテクチャなのだ。
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