脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第12回 「電子投票」が進まないのはなぜか

2006/11/27 16:04

週刊BCN 2006年11月27日vol.1164掲載

トラブルが導入意欲をそぐ

選挙無効の訴えが相次ぐ

 この11月、神奈川県海老名市は電子投票システムの導入を断念した。システムの読み取り精度に問題があり、解決の見通しが立たないというのが理由である。2002年、岡山県新見市が全国に先駆けて市議・市長選に適用してから4年半。この間、電子投票が行われたのは10市町村13例に過ぎない。政府は電子投票システムをe─Japan構想の〝目玉〟に位置づけたが、遅々として普及しない。なぜなのか。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■最高裁が選管の上告を棄却

photo 岡山県新見市は2002年3月20日に条例を制定し、同年6月23日に行われた市長・市議選に適用した。43の投票所に電子投票普及協業組合の「EVS(Electronic Voting System)」を採用、開票集計に要した時間は投票数1万5066で12分だった。

 新見市以後に行われた電子投票の開票集計時間を見ると、翌年2月の広島市安芸区(市長選、EVS)は、投票2万9122に7分、同年4月27日の宮城県白石市(市議選、東芝)は投票2万1552に55分、7月6日の福井県鯖江市(市議選、EVS)は投票5万1034に14分となっている。開票集計の効率が驚異的に改善されることが証明された。

 先行4例が成功したことで関係者は胸をなでおろし、IT業界は「一気に市場が拡大する」と意気込んだ。その矢先、岐阜県可児市市議選(富士通)で大トラブルが発生した。1時間23分にわたって投票端末160台がダウン。投票716件の記録に異常が発生し、端末9台の投票ログが消滅、619件の二重投票が発見された。

 同市選管は不在者投票分も含め、開票集計は約1時間で終了したと発表したが、その後、職員が投票者数と電子投票システムの投票ログを照合したところ、1件の不一致が発見されたのだ。そこで再集計が行われ、二重投票12件、開票不能8件など、計24件の不明票が確認されることとなった。同市選管は「投票所で計算を間違えた可能性がある」としたが、おさまらないのは落選した候補者だ。

 というのは最下位当選者と次点落選者の票差が35票だったためだ。不明票次第で当落が逆転する可能性があるとして、次点落選者と有権者15人が選挙無効の訴えを起こした。名古屋高裁は訴えを認めて選挙のやり直しを命じたが、これを不服とした同市選管は最高裁に上告、最高裁は昨年7月、「選管の主張は上告理由に当たらない」として上告申請を棄却した。

 同日、細田博之官房長官(当時)は「総務省が電子自治体システムに意欲のある自治体を支援していこうとしているなかで、最高裁の判断は非常に残念」とコメントし、総務省選挙部管理課は「可児市の場合、投票が中断したのは問題だが、バックアップ体制があれば回避できた」と電子投票システムの信頼性を強調した。

■海老名市ではサーバーがダウン

 神奈川県海老名市が電子投票システムの採用に踏み切ったのは、可児市のトラブルが報じられていた03年11月である。6月13日に条例を制定し、NTT東日本が開発したクライアント・サーバー式のシステムを使用することが決まっていた。11月9日の市長・市議選は市内20の投票所にサーバー42台、端末172台を配置して行われたが、サーバー1台、投票端末23台がダウン、投票端末を起動するICカード79枚に読み取り障害が発生した。

 開票集計は投票6万2666に対し、電子投票分は26分で終了したが、投票端末に内蔵していたコンパクト・フラッシュ・メモリ(CFM)に9件の記録障害があることが集計後に判明した。そこでバックアップ用の副CFMと照合するなどの作業を行い、最終的に集計が確定したのは日付が変わった午前1時4分となってしまった。

 市長選の次点落選者が県選管に異議を申し立て、市民3人が市議選を巡る県選管の審査棄却の取り消しを求めて東京高裁に提訴した。その後、市長選次点落選者は異議申し立ての提訴を断念したが、市民3人は市長選に関しても司法判断を求める訴訟を東京高裁に起こしている。

 選挙無効の訴えはまだ続く。04年10月31日に宮城県白石市で行われた市長選で使用したのは前回と同じ東芝製のシステムだったにもかかわらず、投票機62台がうまく作動せず、投票開始時刻が最大1時間遅延した。有権者に平等な投票機会を保証しなかったとして、市民が県選管に選挙無効の異議を申し立てた。県選管は異議申し立てを棄却したが、他の市町村に電子投票システムの不安定さを印象づけた。

 神奈川綾瀬市、島根県松江市は昨年、市長選で計画していた電子投票システムの採用を見送り、全国2番目の導入となった広島市、4番目の鯖江市(福井県)は条例を廃止、海老名市も来年11月に予定されている市長・市議選を旧来の自書式に戻すことを決めた。海老名市は電子投票条例を改正するか廃止するかの判断に迫られている。

■「責任は自治体」でいいのか

 新見市の初導入から4年半の間に行われた電子投票は10自治体13例、そのうち8例で何らかのトラブルが発生、3例が異議申し立てや訴訟に発展している。多くの市町村が「あえて火中の栗を拾うことはない」と回避する傾向にある一方、「トラブルの多くは投票所の運営体制に原因があるのではないか」とする指摘や、「トラブルが発生した際の対応が重要」と前向きな姿勢を見せる市町村も少なくない。

 02年8月に村議選に適用した福島県大玉村は、「空調設備が万全でない投票所にサーバーを置くのは無理がある」と指摘する。可児市では投票所に設置したサーバーが過熱し、それがシステムダウンの原因になったと分析し、スタンドアロン型を採用した。投票機を起動するICカード6枚に読み取り不能が発生したが、その場で立会人が対処したため、大きなトラブルにはならなかった。

 「システムに頼らず、現場では人的に対応したのが成功の要因」と大玉村が胸を張るのは、中学校の生徒会選挙で実験したり、高齢者に操作法を教える巡回サービスを実施するなど、事前の準備があったためだ。同村は県知事選でも採用する考えだったが、「大玉村だけ電子投票というのは整合がとれない」と県選管からクギをさされた。

 「全国最大規模」とされた三重県四日市市の市長・市議補選(04年3月)では、市内56か所の投票所にEVS方式の投票機387台が設置され、トラブルは全くなく、投票9万5056の開票集計が11分足らずで完了している。宮崎市は住基カードと組み合わせた電子投票システムの構築に取り組んでいる。「住基カードで本人確認ができ、疑問票の発生を解消できる」と自信をみせる。

 システムの標準方式がないまま、適用が地方選挙に限定されていること、トラブル対応についてガイドラインもなく、選挙自体を無効とするほかに訴えの方法がないことも、阻害要因となっている。電子投票を可能にする法律をつくりながら選挙関連法との整合がなく、実施は自治体任せ。これでは普及は覚束ない。
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