脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第3部】連載第3回 仮想空間と現実のかい離

2007/01/15 16:04

週刊BCN 2007年01月15日vol.1170掲載

シャッター通りに見る現実

市民との協働で成功事例も

 電子自治体の取材で悩ましいのは、足の便と食事の確保だ。都市に生まれ育った多くの人は、「よほどの山奥の話だろう」と思うかもしれない。だが人口5万人クラスの市でも、油断は禁物。鉄道のダイヤは1─2時間に1本、商店街に人影はまばらで、店々にはシャッターが降ろされている。このような町で何が電子自治体か、と思わずため息が出る。ITの仮想空間の一方にあるシャッター通り。現実とのかい離がそこに見える。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■地方に鬱屈する不満

 たまに観光や行楽で地方に出かけたとき、喧騒と雑踏に身をおく都市生活者はそこに残る山や川に感激する。ゆったりと温泉につかり、地の食材で整えた料理を味わう。ここ数年、そのようなことを「ヒーリング」と称し、「癒し」という言葉が定着した。しかし、そこに住み暮らすのは並大抵なことではない。

 和歌山県海南市。JRの特急が停車し、駅前はきれいに整備されている。だが、レンガが敷き詰められた商店街には人影がほとんどなく、その突き当たりの大型スーパーは、看板を残して数年前に撤退してしまった。5万2000人の消費需要を支えるのは、郊外にできた大規模ショッピング・モールだ。

 福島県喜多方市。昨年1月、近隣4町村と合併して人口は約5万7000人になった。東京─郡山間は新幹線、そこで磐越東線、会津若松で磐越西線に乗り換える。東京を10時に出発すると喜多方駅には午後1時半に着けるが、一仕事終えてその日中に帰ろうとすると、会津若松行きの列車は午後5時半過ぎまでない。東京に到着するのは午後10時近くになる。

 国道沿いに大規模なショッピング・モールがある。そこに行けば食品や衣料品、家電品、大工道具、自動車用品などが手に入り、家族そろっての回転寿司も楽しめる。急な日用雑貨もコンビニで手に入る。昔ながらの個人商店は1年を通じて開店休業の状態が続く。にぎわうのは「観光客向けのラーメン店ばかり」なのが実情だ。

 新潟県阿賀町と新潟市の間にある人口約5万人の五泉市は、「ニットの町」として知られる。ここも市内に大規模なショッピングセンターができ、旧商店街にあったスーパーストアが10年ほど前に閉店した。そのビルは借り手がつかず、現在は廃屋のまま残され、商店街は「シャッター通り」寸前に追い込まれている。

 このような町は全国いたるところにある。人口が激減したわけではないのに「シャッター通り」が珍しくなくなったのは、この10年にわたって進められた大規模小売店舗にかかる規制の緩和が要因だ。旧来からの個人商店の存在を脅かし、商店街のにぎわいを奪ってしまった。

 「ブロードバンド化だ、行政事務のオンライン申請だと国は言うけれど、それより地元経済の活性化、産業振興が先。しかしこの5年の国の施策は、IT化による行政事務経費の削減だった」という不満が、地方に鬱屈している。

 それを承知していても職責が優先するのか、それとも無関心を装ってなのか、現場の職員は国の指針に従って電子自治体を淡々と推進する。

■市民協働で地域通貨

 地域経済を活性化するアイデアとITを結びつけるには、地域住民のコミュニティに行政職員が溶け込み、それを予算化するプロセスが欠かせない。元通産省の課長補佐として情報政策に辣腕をふるった衆議院議員・萩原誠司氏が「協働」を提唱した背景には、「行政施策に住民の声を反映し、住民と一緒に推進しなければ成果は期待できない」という考え方があった。

 その好例が大分県別府市の電子マネー「湯路(ユーロ)」だ。温泉の街という特徴を生かし、減少する観光客に歯止めをかけるべく、市の観光課が「温泉ツーリズム」を提唱した。温泉施設への長期滞在型観光客を誘致しようとしたのだ。市内にある100の温泉をめぐるスタンプラリーを実施し、100湯達成者に「名人位」を授与するという“遊び心”も忘れなかった。

 もうひとつの側面として、別府市は以前から市民による清掃活動や植樹・植花運動が活発だったことがあげられる。ボランティア活動に参加した人に、何かメリットを与えてもいいのではないか、という声があった。そうでないと、活動に参加する人が固定化され、真の市民活動とはいえなくなってしまう。

 一方、観光協会に所属する温泉宿や商店の若手経営者は、「地域通貨」のアイデアを持っていた。それは「いい湯(EU)」と名付けられた印刷物で、別府市内の限られた温泉宿や商店でしか通用しない「クーポン券」に過ぎなかった。そこに別府市がIT化予算をつけた。ICカード型の電子マネーがこうして誕生した。

 地元の市民がボランティア活動や社会学習に参加すると、1回につき100湯路(100円相当)が与えられる。観光客も500円を支払うと500湯路分のデータが入ったICカードが手に入る。温泉めぐりの入湯料として使うことができ、商店街で買い物もできる。ICカードには温泉玉子をモチーフに市の職員が創ったマスコット「おんたまクン」がデザインされ、“おんたまカード”と呼ばれるようになった。発行管理は架空の「アチチ銀行」と、手が込んでいる。

■地元発のITも実現

 目を北に転じると、北海道江別市の例がある。最初は市が主導し、観光協会や商工会などに呼びかけて「地元物産情報を発信してインターネットで通販するシステム」を構想した。ところが、市が選定した民間委員たちはITの理解が浅く、なかには「インターネットって何だ?」という人もいた。

 構想が頓挫した時期、札幌市のソフト会社に勤務する寺岡秀一氏が、行きつけの居酒屋で札幌学院大学の渡邊愼哉教授と知り合った。常連の瀧和彦氏や佐々木邦俊氏らとワイワイガヤガヤやっているうち、「それなら自分たちでつくれるじゃないか」という話がまとまった。

 寺岡氏は「自分が住んでいるこの町を、もう少し知ってみたい」と考えていたところだった。渡邊教授は電子ビジネス研究センターの長を務めていて、北海道大学で開発した自然言語処理型データベースシステムの実用化プロジェクトの案を練っていた。瀧氏は、市内で海洋ソナーブイを開発・製造する会社を経営し、佐々木氏は「北海道から衛星を打ち上げよう」という夢に取り組んでいた。

 そこに市の商工振興課の職員が参加し、地元情報発信サイト「江別ブランド事典」が構築されていった。食べ物や製品、イベントに限らず、景色でも人物でも、市民へのアンケートで「江別の名物」を調べ、それをWebサイトに掲載した。

 「カウボーイの恰好で町を歩くオジサンがいるのですが、プライバシー保護の意味でWebに載せられなかった」と、佐々木氏は笑いながら残念がる。

 ともあれ、市民協働の情報発信サイトを通じて、地元産の小麦を使ったラーメンが生まれ、以前からあったレンガ工場が陶芸製品で息を吹き返した。加えてシステムをオープンソース化し、他地域での利用にも公開したため、「江別発のIT」が実現した。

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 市民との協働+ITで地元経済活性化に成功した例は、まだまだ少ない。行政による行政のためのIT化から、市民参加による市民のためのIT化にどう転換するか、それこそが電子自治体に要求される“脱レガシー”ではなかろうか。
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