OSS化と仕様公開は違う

必要なのはコンセプト

 電子自治体プロジェクトで浮上したのは、アプリケーションをOSS化する発想だった。総務省は市町村のITコスト削減を実現する有力な方策に位置づけ、共同アウトソーシング構想に結びつけようとした。同構想で採用するアプリケーションについて「ソースコードの公開」を条件にしたのだ。開発を受託したソフト会社の知的財産権への配慮が欠け、ビジネスチャンスを奪う民業圧迫──という以前に、机上の空論にほかならない。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■バカバカしいお話

 2005年度に総務省が策定した「共同アウトソーシング構想」は、次のような理論構成でできあがっている。

1. OSSの主なライセンスには、GPLとNPLがある。GPLは機能改善や追加機能のプログラムにもソースコードの公開と無償化を義務づける。NPLは条件つきで非公開と有償化を認める。市町村の情報システムは税金で構築・運用されるので、私物化・専有化は許されるべきではない。ゆえに電子自治体システム向けのアプリケーションは、GPL方式で配布されるのが望ましい。

2. 電子自治体システム向けアプリケーションがGPL方式でOSS化されれば、市町村が個々に導入するよりASP型で機能を提供するほうが効率的である。であれば共同利用型のセンターを設置し、LG-WANでASPを実施すればいい。共同ASPセンターに導入するソフトウェアは、ソースコードを無償で公開することを条件に登録してもらう。

3. これなら全国の市町村がLG-WANに加入する意味があるし、個々にシステムを構築する無駄を省くことができる。ソースコードが公開されているので、市町村が地域の事情に応じて改変することができる。しかもGPL方式なので、改善・追加された機能を全市町村で共有できる。

 無償、つまりタダなんだから、誰も文句はいわないだろう。完璧だ!

 A=B、B=C、ゆえにA=Cというのは、簡単な方程式だ。なんでこんな簡単なことがキミたちには分からないのかね?と霞が関は言いたげだ。

 なるほど、さすがに赤門出のエリート官僚が考えることは違う。バカバカしくてお話にならない。その論拠を以下に示そう。

■共通基盤の危うさ

 この方程式の考え方に従って開発されているのが「共通基盤」と呼ばれるものだ。県と県内市町村が参加する協議会が電子自治体の機能を統合的・体系的に開発し、これを県内市町村が共同利用できるようにする。

 前回登場した山形県も、当面は県庁内のシステムとして構築するが、近い将来には県内市町村に共通基盤として提供する計画を持っている。そのためにOSSの基本セット(Linux、Apache、MySQL、PHP/Perl)をベースとし、既存システムとの連携にSOA(サービス指向アーキテクチャ)を採用した。

 構想は悪くない。だが、県内の市町村が一様に歓迎しているわけではない。その構想の中心となったのは県、山形市、米沢市、酒田市で、その他約30の市町村は協議会の隅っこに座るしかなかった。

 「たしかに乗り合いできる自動車がほしい、とは言った。われわれが求めているのは小回りが利くマイクロバス。県が用意しているのは100人乗りの大型バスだ」

 という比喩を口にする市町村もある。県と市町村のニーズ、ウオンツが食い違っているのだ。さりとて、市町村が個々に抱える事情を忖度(そんたく)したのでは共通基盤をつくることができない。

 福岡県が開発した共通基盤を採用した埼玉県鳩ヶ谷市。同市は埼玉県内でも有数のIT先進自治体として知られる。

 「仕様は公開されているし、ソースコードもオープンだが、そのままでは当市の実情に合わなかった」

 情報政策担当の望月昌樹氏(課長補佐)は言う。ソースコードを解析できても、開発のコンセプトが分からない。このため福岡県の情報企画監として、共通基盤開発の実務を担った溝江言彦氏をコンサルタントとして招かざるを得なかった。

■ゼロ円入札を公認

 愛知県は04年、独自に開発した防災システムをOSS化した。全国3位の人口、密集する産業、新幹線、高速道路、木曽川・長良川といった自然環境に加え、過去に伊勢湾台風という大災害を経験している。韓国防災庁からも視察がきた。それを踏まえて構築したシステムには自信を持っている。

 地方公共団体であれば、どうぞ自由に使ってください──と、無償提供を申し出たが、何件か打診はあったものの、採用はゼロ。情報システムとしてみたとき、どんなに優れていても、人口や産業の構成、社会インフラや自然環境が異なると、そのまま適用することができない。ましてそのシステムを採用すると、開発の実務を受託したNECにカスタマイズを依頼しなければならなくなる。「ソースコードの公開=OSS」が間違いであることを示す例だ。

 共同アウトソーシング構想にもその危うさは残る。民間のソフト会社やコンピュータメーカーが電子自治体向けアプリケーションをOSS化して登録し、それを採用したとき、カスタマイズの依頼先が固定されてしまうとすれば、実質的な「ゼロ円入札」になってしまう。

 オープンソースソフトウェア協会の小碇暉雄理事は、

 「ベースとなるプログラムを無償で提供し、高額なカスタマイズ契約をねらう企業が出てくるのを防止できない。それを制度的に公認することになる側面は看過できない」

 と警鐘を鳴らす。そして、

 「それなら、政府はまず、マイクロソフト社にソースコードの公開を要求すべきだ」と続ける。

■何を公開すべきか

 ソースコードの公開を提唱したリチャード・ストールマン、OSSの名づけ親であるエリック・レイモンドにこの話を聞かせたら、たぶん腹を抱えて笑うかもしれない。いや、「ふ~ん」と言って、鼻で笑うかもしれない。

 「ソースコードを公開すべきソフトと、公開しても仕方がないソフトがある」

 というのがレイモンドの主張だ。

 彼が喩えに持ち出すのは、1本の丸太からもっとも効率よく板材を切り出すシステムだ。

 電子自治体向けシステムはまさにそれに当たる。導入するユーザー数は最大で約2000件、直接的にかかわるのはせいぜいITベンダー1000社。不特定多数が参加する開発コミュニティとはとんと縁がない。

 であればソースコードを公開すること、無償で提供すること、という条件は、そもそも成立しないのだ。

 まして1業務1アプリケーションと規定すると、民間における競争原理を抑え、開発者の知的財産権を無視することになりかねない。

 「地域ごとにそれぞれの事情が異なるので、ソースコードを公開しても意味がない。公開すべきは設計仕様とITベンダーとの交渉プロセス、つまりシステムのコンセプトなのだ」

 この指摘が霞が関に届くだろうか。