脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第3部】連載第13回(最終回) “点から面へ”の到達は道半ば

2007/03/26 16:04

週刊BCN 2007年03月26日vol.1180掲載

現状は行政事務の電子化どまり

ソーシャルの概念を確立

 脱レガシー/電子自治体の動きを様々な切り口から探ってきたこの連載は、今回でひとまず終了する。現状を総じていうと、脱レガシーはコンピュータ・システムのアーキテクチャに終始し、電子自治体は行政事務の電子化にとどまっている。1990年代後半から、今後の目指すべき方向として指摘されてきた〝点から面へ〟の展開はいまだに達せられていない。最終回では、“点から面へ”を志向するいくつかの試みに焦点を当てる。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■自治体の主人公は住民

 山梨県甲府市に本社を置くソフト会社のジインズは、1996年に設立された。社長の廣瀬光男氏は、かつて山梨県庁の職員として、IT化を指揮していた。庁内システムの脱レガシーでコンピュータメーカーとやりあい、インターネットやオープンソースソフトウェア(OSS)の採用をめぐって職員の抵抗に遭った。その経験から、「これからは“点から面へ”の展開がポイント」と発想を変えた。

 業務管理系、情報系を問わず、庁内のシステムは旧来のシガラミを引きずっている。しかもそれは役所(行政事務)の電子化にとどまり、面としての自治体の情報化を意味していない、と考えた。自治体の主人公は行政事務を担う役場の職員ではなく、そこに住み暮らす住民、との思いから、住民参加型ネットワーク・システムの開発に着手した。

 着手から4年目に完成したパッケージ「OPENCITY」は、役所と住民が情報を共有しながら、共同で地域の課題を解決していこうというコンセプトをベースにしていた。共同を「協働」に転換する“つなぎ役”にITを位置づけた。

 「まず、協働のコンセプトを理解してほしい。足りない機能は追加すればいい」

 というのが廣瀬社長の基本的な姿勢だ。

 01年、同じ山梨県の都留市がOPEN CITYを採用して「ハートフルネット都留」をスタートしたのを皮切りに、大阪の枚方市、東京の杉並区などで地域コミュニティネットワークの構築が進んでいる。少子高齢化社会を支える役割を、行政だけに求めるのは不可能という考え方が根底にある。

■ソーシャルセクターのパワー

 東京工科大学の上林憲行教授は、こうした動きを、

 「インターネットが家庭や個人の生活に浸透した結果、不特定多数の人々がネットワークを介して自立的に参加し、共通の課題や目標を共有したり、問題の解決に知恵を出し合うコミュニティ型ソリューションが浮上してきた」

 と分析する。

 SNSや、ここにきて話題となっているWeb2.0的な世界は、まさにコミュニティ型ソリューションを実現する引き金になっている、という。OSSが拠って立つところは、コミュニティ型ソリューションのフレームなのだ。

 「では、コミュニティ型ソリューションとは何か、と考えると、行き着くところはパブリックでもプライベートでもない、ソーシャルという概念だ」

 日本語にすると「パブリック」は「公」、「プライベート」は「私」。国や自治体など行政管理セクションは「公」、民間企業や個人商店は「私」に分類される。そしてこれまでの「ソーシャル」は教育機関や医療機関、宗教法人が一定の役割を担い、「ボランティア」と呼ばれる市民団体による草の根的な活動が支えてきた。

 ところが、“お上”の歴史が長く続いた日本では、ボランティアは富裕階層の偽善行為か、宗教的理念に基づく無償奉仕と認識され、いまだに「ソーシャル」の概念が確立されていない。上林教授の指摘を敷衍(ふえん)すれば、ソーシャルセクターが社会的・経済的な力を持つこと、それをパブリックセクターとプライベートセクターが支援することこそ、電子自治体のあるべき姿といえそうだ。

■NPOが公共の機能を代替

 岩手県紫波町。

 県庁所在都市・盛岡の南に位置し、人口は3万5000人ほど。主な産業はリンゴ、ブドウ、洋ナシなど果実栽培と、もち米の生産という典型的な農業地域だ。

 JR東北線の紫波中央駅に降り立つとまず気がつくのは、駅舎が地元のNPO法人紫波みらい研究所によって運営されていることだ。乗客は乗車券を自動販売機で購入し、列車が到着するまでの待合時間、駅舎内の地元産品直売場「紫あ波せ本舗」で過ごす。直売店に立つのは駅周辺の主婦たちだ。

 98年に「悲願」の駅誘致が成ったとき、町の予算で駅舎を建設したものの、管理費まで税金でまかなう余裕がなかった。「それなら自分たちがやる」と住民が引き受けた。地域産品の販売で地域の雇用を生み、ついでに自動券売機の管理や駅舎の清掃を行うようになった。

 駅から歩いて20分ほど、旧奥羽街道の商店街に出ると、その一画にNPO法人「あいぼら紫波」がある。法人名の由来はITボランティア。ここに20代後半の男性2人が常勤し、住民にパソコンやインターネットの使い方を教えている。年間を通じて、午後は子どもたちが集まり、ペイントソフトで絵を描いたり、ゲームで遊ぶ。

 「町役場が住民向けのIT講習会をやるのなら、自分たちのほうが詳しいし、同じ住民としての目線で楽しみながら講習できる。それを提案したら、お願いします、ということになった」

 こう語るのは、あいぼらの常勤講師を務める吉田寛氏だ。

 駅方向にちょっと戻ったところにある旧日詰郡庁舎の2階には、「ゆいっとサロン」がオープンしている。NPO法人えんのしたが運営、「井戸端会議のノリで地域の人と人を結びつけるお手伝い」(えんのした代表の中田芳子氏)が主な活動だ。

 そのコンセプトは、紫波町役場の建物に見ることができる。事務所棟が三方に伸び、上空からだと「人」のかたちに見える。

 「特段、それを意識して設計したのではないと思いますが……」と、同町企画課情報政策室長の佐藤美津彦氏は苦笑する。「結果的には、そのようになっているかもしれません」。

 インターネット普及世帯率は43%と決して高くはないが、IC内蔵の住基カード普及率は10%を超えている。行政手続きは相変わらず窓口対応でも、全国の町村で最も電子化が進んでいる自治体とされる。町を歩くと、その理由が見えてくる。
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