情報サービス産業の売上高は15兆円、就業者総数57万人という規模を誇る。加えて景気の回復で「史上空前」の繁忙が続いている。しかし受注価額は伸び悩み、全体の利益率は3%に達していない。長時間就労、低賃金、精神的な圧迫感などが「3K」と称されているにもかかわらず、経営者は実情を直視しようとしない。業界全体の課題として多重下請け構造や労働者派遣問題がくすぶり続けている。「ITソリューション」を口にする受託開発型SIerが目指すべき方向はどこなのか、さまざまな事象から課題と解決策を探りたい。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

3Kの実情を直視せよ

■32年で市場は87倍

 経済産業省の特定サービス産業実態調査に「情報処理サービス」が加えられたのは1973年である。その3年前の5月、「情報処理振興事業協会等に関する法律」(情振法)が施行され、ソフトウェア産業振興協会(ソフト協)と日本情報センター協会(センター協)が発足するなど、情報処理産業の育成・振興が政策課題となったことが背景にあった。

 73年の情報サービス産業の規模は、事業所数が1105(うち単独事業所694)、売上高は1671億6200万円、従業員数4万7675人と記録されている。以後の産業規模の推移をみると、81年に従業員数が10万人、売上高では83年に初めて1兆円を、それぞれ超えた。ソフト協とセンター協が合併して情報サービス産業協会が発足した84年の規模は、事業所数が2549、売上高が1兆3860億円、従業員数は15万3474人だった。

photo 直近の集計値は、昨年11月24日に公表された05年分である。事業所数が6880(うち単独事業所は3511)、売上高が14兆5560億円、従業員は53万6994人(非正規雇用者を含む就業者総数は57万3778人)。

 04年と比べると、事業所数は3.2%減、売上高は0.2%増なので、1事業所当たりに換算すると売上高は3.5%増となる。また従業員数は0.7%増だったので、1人当たり売上高は0.5%減だった。32年間で事業所数は6.2倍、売上高は87倍、従業員数は11.3倍に拡大したことになる。物価スライドを考慮に入れても、急カーブを描いて成長したことが分かる。

■統計では高給技術者がぞろぞろ

 ここで気がつくのは、従業員1人当たりの売上高が2711万円という数字だ。通常、情報サービス業では1人当たりの受注価額の60-70%が、給与支給額のめどとされる。年間売上高2700万円の65%なら1755万円、つまり年収1000万円超のエンジニアが掃いて捨てるほどいて不思議はない。

 もちろん、自分がいくらの給与を得ているかを言いふらす人はあまりいないだろう。けれども、当業界の従事者に向けて億ションや金融商品の激烈な売り込みが行われているという話を聞いたことがない。月収100万円も夢ではない、となれば、ソフト会社に学生が殺到し、他産業からの移籍、転職で沸騰するような状況を呈しているはずではないか。

 昨年7月、有限責任中間法人IT記者会が実施した調査によると、06年度の情報サービス産業における従業員1人当たりの売上高は1580万円だった。このうち30.1%が外注費として支払われているので“真水”は1104万円となる。社会保険などの会社負担分を含む1人当たりの人件費が744万円という調査結果は、1人当たりの売上高の67.4%に相当し、前述の支給比率と矛盾しない。

■“真水”の規模は6兆円?

 1人当たりの売上高について経産省の調査は2700万円とし、記者会は1580万円と算出している。その差は1120万円もあって、どちらかが間違っているとしか思えない。経産省の統計が正しいと考えるのが常識的だ。ところが、当の経産省は「あくまでも統計上の数値に過ぎない」という。「この数字だけが一人歩きするのは業界にとって、必ずしもいいことかどうか」(情報処理振興課)と煮え切らない。

 実は、どちらが正しいか、という議論は意味がない。実態調査の売上高14兆5560億円は、多重下請け構造によって膨れ上がった数字だからだ。従業員1人当たりの“真水”売上高1104万円に従業員総数53万6994人を乗じた5兆9284億1376万円―おおむね6兆円―が実態と見なければならない。

 「いくら何でも6兆円ということはないだろう」と反論する向きもあるだろう。だが、同じ経産省の調査で、05年にコンピュータ利用と情報化のために投じた費用は民間が8兆円、国や地方公共団体は2兆円、教育機関その他が1.5兆円と推定されている。この中にはハードウェアや通信費も含んでいるので、情報システムの運用・保守およびソフトウェア開発の発注費が6兆円というのは、あながち間違いではなさそうだ。

■最大8階層の多重下請け構造

 そこで“真水”が6兆円とすると、外部発注を何回繰り返せば単純集計が14兆6000億円(2.4倍)になるだろうか。記者会調査に回答しているのは業界大手が中心なので、1次請け段階の外注比率を30%、経産省調査は従業員100人以下の企業が圧倒的多数を占めるので2次請け以下の外注率を13.3%とすると、実に7次請けで初めて14兆4000億円という数字になる。この試算は、最大8階層の多重下請け構造ができていることを示す。「あとから15次請けだったことが分かって驚いた」という話もある。

 「多重下請け構造を解消しなければならない」という声を耳にする。だが、何が問題なのか、明快な答えは返ってこない。なぜなら、下請け構造の形成は、産業の発展過程における自然な現象でもあるからだ。市場が拡大すれば、自ずと下請け構造がかたちづくられていく。つまり下請け構造が問題ではないということだ。

 では何が問題かというと、例えば4次請け以下の末端では、「借り受け派遣」(横並びの仲間内から技術者を調達して派遣する)が日常的に行われ、契約があいまいなまま実務だけが先行する。結果、代金が途中で消えてしまうトラブルが発生することもある。またシステムを改造しようと思ったとき、開発を担当した技術者の所在が追跡できないこともある。

 それでいて「ITソリューション」だの、「システムインテグレーション」を名乗るのは、いかにも口はばったい。情報サービス業界が抱える最大の課題は、実は業界秩序の崩壊とモラルの低下ではあるまいか。