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<ITから社会を映す NEWSを追う>米SOX法対応に悲鳴

2007/04/09 16:04

週刊BCN 2007年04月09日vol.1182掲載

富士通、日立は大幅下方修正

内部統制が裏目に

 企業経営に厳格な透明性を求める米企業改革法(いわゆるSOX法)への対応で、悲鳴があがり始めた。富士通は英国子会社の株価評価損を計上し、通期見通しを大幅に下方修正、日立製作所は赤字幅を550億円から2000億円に増大させたうえ、例年4月だった決算発表を5月に延期するとそれぞれ発表した。当面はニューヨーク証券取引所に上場している企業が対象だが、来年度には日本版SOX法がスタートする。監査法人の判断で決算内容が左右される。SOX法や内部統制がIT業界の足を引っ張っている側面が浮かび上がった。(中尾英二(評論家)●取材/文)

 企業会計に厳格な透明性を求める法案が米国議会で成立したのは2002年7月。前年にエンロン社の巨額な粉飾決算が明るみに出たのを受け、サーベンス、オクスレーの2議員が法案を上程した。SOX法の通称は、両議員の名前に由来している。

 取引のプロセスをルール化し、見積書や提案書、契約書などすべての文書を記録すること(内部統制)、経営者が適正に内部統制を順守していることを証明するなど、会計手続きが厳正であることを第三者が監査できる体制を整えなければならない。また米国会計基準にのっとった年次報告書を証券取引委員会(SEC)に提出し、審査を受けることが義務付けられている。

 対象となるのは米国の証券取引所に上場している企業だが、外国企業には昨年7月まで猶予が与えられた。日本企業で最も早くSOX法対応の決算を発表したのは、昨年12月に本決算を迎えたキヤノンで、大きな混乱は起きなかった。

■NECは約1か月遅れ

 経済産業省で日本版SOX法を担当し、この3月から新日本監査法人マルチ・ナショナル・クライアント(MNC)部に移籍した片倉正美氏は、キヤノンについて、体制の整備がスムーズだったこと、本社と連結対象企業の関係が比較的簡素だったことをあげる。「ニューヨーク証券取引所に上場している日本企業の成功例」と指摘する。

 同社は03年12月、御手洗冨士夫社長を委員長、田中稔三専務(経理本部長)を副委員長とする内部統制委員会を立上げ、部門ごとに業務の現況を整理・分析することからスタートした。SOX法への対応が狙いだったが、業務改革の一環に位置づけたのだ。

 キヤノンに対置するのがNEC。同社はソフトウェアや保守サービスなど無体物の取引価格をめぐって、米監査法人と解釈が異なった。06年3月期の決算について、新日本監査法人から適正意見を受けた有価証券報告書を6月下旬に金融庁に提出していたにもかかわらず、米監査法人の監査業務が終了しなかった。そうこうしているうち、9月中間期決算を迎えてしまったため、中間期決算では急きょ、会計基準を日本方式に切り替えたのだ。

 NECほどの規模になると、会計基準の変更は生やさしい話ではない。確認と集計をやり直し、10月24日に「単独の売上高は3%減の1兆250億円(従来予想は1兆300億円)、経常損益は120億円の赤字(前年同期は102億円の赤字)になったもよう」と発表。中間期連結決算を明らかにしたのは当初予定からほぼ1か月遅れた11月21日だった。

 さらに同社は、同月16日に米ナスダックから上場維持のための調査を受けていることが判明した。米SECに提出すべき有価証券報告書が、期限までに作成できなかったためだった。11月21日、都内で開催された決算説明会の冒頭、的井保夫専務が「このような事態を招き、関係者の皆様にはご迷惑をおかけした」と陳謝することになったのは、そのような事情によっている。

 発表によると、06年3月期実績を日本基準で算定した場合、売上高は4兆9298億円、営業利益は728億円だが、米国会計基準では売上高が1049億円の増加、営業利益は226億円の減少となる。会計基準が違うだけで売上高の2%、営業利益の31%に相当する額が上下する。企業会計の透明化とは、いったい何なのかを考えさせられた出来事だった。

■予定外の減損処理

 NECの的井氏が会見で、他社が同様の事態に陥る可能性を問われ、「ないとはいえない」と答えたのを証明するように、それから4か月後の今年3月16日に日立製作所が、20日には富士通が、それぞれ06年度通期見通しの下方修正を発表した。日立はハードディスクドライブを生産している米子会社、日立グローバルストレージテクノロジーズ(HGST)社の業績不振による株式評価損、富士通は情報サービスを営む英子会社、富士通サービスの株式減損処理が、米SOX法の規定に抵触した。

 このため日立は期初に予想していた当期赤字500億円を2000億円に修正、併せて例年は4月末に行っていた通期決算発表を、06年度分については5月中旬に延期すると発表。富士通は英富士通サービスの株式評価損2900億円を特別損失に計上するため、06年度通期の純利益予想を期初の550億円の黒字から、2700億円の赤字に修正した。

 面白いのはNEC、日立、富士通ともに、グループ会社を含めて「SOX法/内部統制対応システムの構築サービス」を提唱していたこと。たしかに情報システムが重要だが、IT産業の代表格が立て続けに実務でトラブルでは、ユーザーに合わせる顔がない。つまるところ、SOX法や内部統制は情報システムの問題ではないということだ。

 子会社のNTTドコモがニューヨーク市場に上場するNTTは、連結対象が400社を超える。このほかトヨタ自動車、ホンダ、三菱UFJフィナンシャル・グループ、野村ホールディングス、三井物産など日本を代表する企業が、SOX法に準拠した決算発表を予定している。

 ここをスムーズに乗り切れるかどうか、「日本株式会社」の品質が正念場を迎える。

ズームアップ
監査法人の判断にも縛り
 

 減損処理は株価評価損や過去の業績不振に伴う債務が対象。企業が作成した事業計画書を、監査法人が将来回復の見込みがあると判断すれば処理を先送りできる。ところが米SOX法では、連結対象企業の株価が、取得簿価の半額以下になった場合、計上することを義務づけている。
 つまり、監査法人の判断がSOX法で縛られるため、結論ありきの馴れ合いが許されないのだ。
 ただ、「株価や過去の債務がダイレクトに現在の企業経営に影響するのか」との指摘は一方に根強く存在している。将来、株価が上昇したり、債務が帳消しになる可能性があるからだ。だが現状では、「監査法人ぐるみで粉飾が行われた場合、株主は決算報告が妥当なものかどうか判断できない」という考え方が優位にある。
 この3月、政府が公認会計士法の改正案を閣議決定したのは、こうした考え方を受けてだった。カネボウ、西武鉄道、ライブドア、日興コーディアルグループなど、情報システムを巧みに操作し、会計士や監査法人が関与した不正経理事件が相次いで発覚したためだ。法改正により、重大な過失があった監査法人に課徴金が課せられるほか、情報システム監査のウエートが高まることになる。
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