ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映す NEWSを追う>社保庁のずさんな情報管理

2007/07/09 16:04

週刊BCN 2007年07月09日vol.1194掲載

何と何を突き合わせるのか

口からでまかせの「公約」

 年金情報のずさんな管理で、ついに全職員が賞与の一部を国庫に返納することになった社会保険庁。「宙に浮いた5000万件」ばかりでなく、未入力が1430万件、公務員・私学共済にも不統合が181万件もあった。発端は年金番号を統一した1997年か、それとも社保庁という組織そのものの問題か。いずれにせよ何かとコンピュータシステムが話題になるのだが、当の社保庁には、複雑な年金制度を完璧に説明できる職員がいないという。何と何を照合するのか、いくらかかるのか、いつまでに作業を終了するのかも明確になっていない。それでどうやって照合システムが作れるのか。(中尾英二(評論家)●取材/文)

 「宙に浮いた年金」を国会で初めて取り上げたのは民主党の長妻昭衆院議員だった。昨年6月16日、厚生労働委員会で「コンピュータ上にあるけれど、誰が払ったのか分からない年金情報がどれくらいあるのか」と質問、これがきっかけとなって5000万件という数字があぶりだされた。

 ただ、国会の審議を聞いていると、IT関係者はじれったいに違いない。政府の答弁はあるときは「突合」といい、「照合」「名寄せ」ところころ用語が変わる。何と何を突き合わせ、照らし合わせるのかが全く議論されていないのに、「1年以内」という言葉が一人歩きしている。

■転居・結婚でも入力ミス

 「なぜ、納めた年金保険料が消えるのか。数々の原因が考えられる」と長妻氏は言う。

 まず考えられるのは、手書き台帳の保険料納付記録をコンピュータに入力したときの入力ミスや入力漏れ。第2は84年に完全オンライン化した時、名寄せが不十分だったこと。そして最大の問題は、97年に管理が市町村から国(社保庁)に一元化され、基礎年金番号制度に移行した時、統合漏れが多数あったのにそのまま放置したこと。このほか転居で住所が変わった時、結婚や離婚で姓が変わった時に、届出先の市町村が誤った情報を入力したことも考えられる。

 「完全オンライン化や管理が国に移管したあと、手書き台帳の多くは廃棄されたが、一部は保存されている。納得できない場合、マイクロフィルムや台帳で自分の記録があるのかどうかを確認し、それを見せてもらうことも必要」──この点で与野党の見解は一致している。

 IT業界で関心を持たざるを得ないのは、6月4日に国会で飛び出した「新たな照合システムを数か月内に構築する」(柳沢厚労相)という発言だ。未入力情報1430万件が発覚する前の発言なので、事態が変わった以上、両人の発言は意味を失ったと見る向きもあるが、新照合システムの話は生きているらしい。

■いい加減な逃げ口上

 システムの開発について柳沢厚労相は「練達した方々にお任せする」と語り、NTTデータと日立製作所の2社に随意契約で発注する意向を示している。ただし構築費の見込みは10億円(ソフト会社)から1000億円(損保会社のIT部門)まで幅広いうえ、予算措置の見通しも立っていない。

 「野党の追及をかわすための、いい加減な思いつきとしか思えない。安倍首相も柳沢厚労相も、たぶん社保庁がつくったその場しのぎの原稿を真に受けて答弁したんでしょう」 と批判するのはCSKホールディングスの有賀貞一氏(情報サービス産業協会副会長)だ。「手順やスケジュール、予算などを詳細に検討したら、たった1年ではとてもできないことは明らかじゃないですか」。

 いったい、社保庁が保有しているデータはどのようにして作られたのか。それを調べると、システムによる照合も突合も事実上不可能であることが理解される。

 社保庁にコンピュータが導入されたのは、パンチカード全盛時代の67年。市町村から送付された納付書をもとに給付システムを構築した。当時はANK(アルファベット、数字、カタカナ)のみ。リレーショナル型データベース管理システムもなかった。

 日本語情報処理技術が実用化された84年、当時の電電公社データ通信本部(現・NTTデータ)がオンラインによる保険料納付管理システムを構築した。それをきっかけに、納付者と受給者の氏名、住所の漢字化が始まった。この時、紙の台帳に記録された氏名にふりがなが付き、カタカナで管理されていた情報に漢字が当てられた。

 入力業務をややこしくしたのは、年金制度が複数あって、それぞれに入力フォーマットが異なったことだった。市町村の窓口で受け付けた書類、その書類をもとにした入力、既存のANK版データの漢字化と、ミスが重なった。また公務員・私学の共済年金は国民・厚生年金と別枠で残された。そもそも名寄せができる状態にはなかったのだ。

■計算結果も信用できない

 こうなったら、残っている紙の台帳とマイクロフィルムの記録をすべて再入力するほかない。第2次大戦の空襲で台帳が焼失してしまったり、84年以後破棄されてしまった191市町村の記録については、関係者から事情を聴いて復旧することになる。年金システムを丸ごと作り変えるようなものだが、再入力する情報は2億7000万件もある。

 1件当りの入力コストが100円として270億円、既存システムとの照合や名寄せに1件5000円(ヒヤリング調査を含む)として1兆3500億円。過去10年で社保庁が情報システムに投入した総費用とほぼ匹敵する。長官や職員が返納する10億円では焼け石に水だが、かといって国民が負担する筋合いはない。

 宙に浮いた年金記録ばかりでなく、健康保険料の市町村特別調整交付金のプログラムにミスがあったことが発覚した。全国約600市町村に影響があるという。しかも分かっている限り13年前から、総額130億円以上の計算ミスが見逃されていたというから驚く。同じことが年金給付計算でも起こっているのではないか。そこまで検証しない限り、国民の不信は拭えない。

ズームアップ
社保庁の新システム
 

 01年、自由民主党のIT国家戦略推進委員会が「レガシーシステムの典型」と名指し、早急にオープンシステム化すべきと指摘した。日立製メインフレーム13台、プログラムはCOBOLで約7500万ステップ、専用回線840本、年間運用コストは約400億円。
 昨年8月21日、新システムの基本設計を請け負うベンダーを競争入札でアクセンチュア、NTTデータ、日立製作所の3社に決定した。発注総額は約56億円(プログラム作成費、運用管理費、ハードウェア費、回線使用料などは含まない)となっている。
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