IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>第29回 地方で光る工学的アプローチ

2007/10/29 16:04

週刊BCN 2007年10月29日vol.1209掲載

 情報システム構築の工学的アプローチは、地方でも始まっている。独自開発のパッケージ販売やシステムコンサルティングに軸足を移す企業が、地方都市に育っているのだ。目指すのはIT需要の“地産地消”と、労務提供型からの脱却。そのプロセスに共通するのは「難しい話を分かりやすく」だが、その背景にあるのは暗黙裡にソフトウェアとプログラムの違いを認識していることだ。概要設計や要求仕様書作りには、属人性こそが欠かせない。

システム設計は属人性あればこそ

資格で仕事をするわけじゃない


 仙台市の青葉通りにオフィスを構えるトライポッドワークス。地元出身の佐々木賢一氏が日本オラクルからスピンオフして2005年の11月に設立、「ITビジネスコーディネート」と「ITコンサルティング」を前面に掲げる。

 「いまさら受託開発を掲げても、要員がいないわれわれが入り込む余地はない。むしろ技術とノウハウで勝負すべきだ、と考えた」

 技術本部長の山口至氏は言う。

 地元の企業や市町村に出向き、「ITで何かお困りのことはありますか」と声をかけていった。1年後に案件で手一杯となったのは、データベースやオープンシステム、ネットワーク・エンジニアリングの確かな技術とノウハウがあったからだ。

 宇都宮市の杉山システム設計事務所も同様だ。代表者である杉山宏氏は、東証1部のIT企業で常務の要職にあった。大病を患ったのを機に、「もっと自由な仕事をしたい」と考え、自宅に個人事務所を立ち上げた。

 福岡市の小さなソフト会社が開発した財務会計パッケージを中小企業に売り込むため、経営トップの相談に乗ることからスタートした。人脈頼りで始めた仕事が実績となり、紹介と定評が仕事の幅を広げた。新規ユーザーの相談に乗り、開発の進捗状況をチェックするために、今日は青森、明日は金沢、週末には藤沢と、手帳には小さな字でスケジュールが書き込まれている。

 「だからといって大勢の社員を抱えようとは思わない。私はコンサルティングに徹して、カスタマイズには外部のパワーを活用する。ないない尽くしの結果として、システムコンサルティング業になった」

 杉山氏は苦笑する。

 「ITコーディネーターの資格?そんなものは要らない。資格で仕事をしているわけじゃない」

システム設計は「士業」の領域



 沖縄県浦添市のおきぎんエス・ピー・オー(おきぎんSPO)。東京でUNIXをマスターした砂辺孝夫氏が入社したのは89年だった。以来約20年の実績が評価され、砂辺氏は3年前から地元の「ダウンサイジング+オープンシステム化」戦略立案にかかわる。パソコンをシンクライアントに、メインフレームをLinuxサーバーへと次期システムの企画には、同氏のアイデアが大きな役割を果たした。

 「地方には「超」が付く大手SIerが存在しない。同じ中学、同じ高校を出た、同じ町内に住んでいるといった地縁、方言や祭といった共有の文化。それが馴れ合いを生むこともあるけれど、ユニークさが光ることもある。われわれは建築士や司法書士など「士業」と同じ位置づけ」

 こう砂辺氏が語った中の「士業」という言葉は興味深い。80年代のソフトウェア工学は組織論でもあった。大勢のプログラマが参加するプロジェクトを効率的に切り盛りし、円滑にシステムを完成させるかがテーマだった。それは大規模なシステム、つまり大規模なプログラムの作り方を意味していた。

 ところがシステムの企画・設計は「士業」の領域だと砂辺氏は言う。少人数で集中的に議論をする。検討チームの認識を共通化するため、ときには一杯飲み屋での「ノミニュケーション」や合宿形式のブレーンストーミング、ワークショップも必要になる。そのときポイントになるのは、多角的な視点とコミュニケーション能力、議事進行のノウハウ、議事の取りまとめ能力だ。

 順序を逆からみていくと、議事の取りまとめこそが概要設計書のベースとなり、それが要求仕様書になっていく。要求仕様書を工学的アプローチでどう作るか、それをいくら議論しても概要設計があいまいでは話にならない。戸建て住宅に例えれば、柱を立てる基礎の作り方がどんなに確実でも、土地の広さ、住む人の数や年齢構成が分からなければ最適な家は設計できない。

 コミュニケーション能力は、相手が何を言っているのかを正確に理解し、自分の言葉が適切に相手に届いているかを確認することを指す。友人と一杯飲み屋で会合するときには、お互いに気まずくならないようにすることが重要だが、システム構築には適用できない。ときには異論、反論を提示しなければならず、耳に痛いことも聞かなければならない。

真のソフトウェアとは


 「ソフトウェアというのは、そもそもそういうプロセスで作られるべき」

 と言うのは、浜松大学経営情報学部の小澤行正客員教授(経営情報学会主査)だ。

 「大勢のプログラマが寄ってたかって作り上げるプログラムで、一見すると高さ200メートルの高層ビルが建っているように見える。ところがそれは高さ10メートルの4階建てのビルを20個積み重ねて、途中をボルトでつないでいるに過ぎない。だからちょっとしたことでボルトが外れたり壊れると、ビル全体がガタガタしてしまう」

 そうしないためには、木造の2階建て、鉄筋の100メートル、鉄骨の200メートルと、素材や規模に応じた工法があるべき──という論に発展しがちだが、では、発注するユーザーにも受注するSIerにも工法がないのかというと、そうとは言い切れない。現段階では双方に経験値として蓄積されていて、解説書を書けるように整理され体系化されていないと考えていい。最も大きな問題は、SI業界に士業の領域が確立されていないということだ。

 冒頭にあげたトライポッドワークス、杉山事務所、おきぎんSPOの事例も、それぞれを担当する個人のノウハウ、技術の結果といっていい。属人性という点では、大手SIerの現状と変わらない。ただ決定的に異なるのは、その対象がソフトウェアかプログラムか、ということだ。

 ソフトウェアとは、デザインそのもの。別の言い方をすれば、システム・アーキテクチャ。デザインやアーキテクチャはエンジニアの個性やひらめきに拠る部分が大きい。つまり、システム構築の工学的アプローチには、職能の分解が欠かせない。SI業界はどうあるべきか──グランドデザインの一端が見えてきた。

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