IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>最終回 「見える化」にどう取り組むか

2007/12/17 16:04

週刊BCN 2007年12月17日vol.1216掲載

 ユーザーのIT調達手法が大きく変わりつつある一方、SIerの多くは自ら変わろうとしていない。「受託」といえば表向きの響きはいいが、要は口を開けて餌(仕事)が放り込まれるのを待っているだけではないか。餌は潤沢にあっても、放り込まれなくなったらどうするのか。自ら狩りに出かけなくとも、口を開けて待っているというアピールは最低限しなければならない。ところが、これまでのように頭を下げて懇願しても通じない時代がやってくる。そのためには何よりも「見える化」に取り組んで、ユーザーの信頼を取り戻すことだ。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

ユーザーの信頼を取り戻す方策

経済のサービス化が進む


 注意深く、経済の動きを観察してみよう。ここ10年、産業界で何が起こっているか──。

 製造業=モノづくり業、サービス業=付加価値業という既定の認識が通用しなくなっている。素材メーカーでさえ製販一体のシステムを指向し、トラック輸送業はITを活用して、インフラに近いサービス業に転換した。 もう一つの動きは、サーバー統合だ。低価格化した多くのオープン系サーバーが部門・部署に設置され、データベースやアプリケーション、文書データなどが分散して情報管理コストを膨張させた。しかるにサーバーを統合して、再び一元管理化が進んでいる──ということに落ち着くのだが、果たしてそれだけだろうか。部門・部署ごとのIT調達が行われた結果、用語やコードの不統一という状況が生まれていたことに目を向けないと、信頼回復の方策はみえてこない。

 きっかけをコンピュータシステムの2000年問題に求めるにせよ、01年の米国同時多発テロに設定するにせよ、ユーザーにとってそれはITの問題ではなかった。

 事業継続性、情報漏えい問題、企業運営の透明性確保(内部統制、説明義務)などを実現するプロセスを通じて、用語やコードの再統一がベテラン社員の技術・ノウハウの継承、業務フローの再確認とBPR、社内標準の策定につながっていた。IT調達もまた内部統制の一環として本社情報システム部門(もしくは事務企画部門)に集約されていく。

 部門・部署ごとに行われていた外部ITベンダーとの取引が打ち切られ、本社に一元化されていく。契約のあり方の見直しは、単に情報システムの品質(信頼性)確保の観点でなく、このプロセスのなかでドラスティックに行われる。

IT予算は経営コスト


 ユーザーのなかには、IT予算を「投資でなく経営コスト」ととらえる向きもある。それは97年からの10年間に、全社規模のERP化を背景に、CRMやSCMなどの整備が進んだ結果、新たな大型のITシステム構築がひと段落したことを意味している。「部分最適から全体最適へ」が標榜され、「選択と集中」が論じられるのはそのためだ。

 これまでIT予算の大半を占めていたメインフレーム・ベースのレガシーな基幹系システムは、制度改正などに対応して保守・改造はしても、新機能を追加しない(いわゆる「塩漬け」)こととし、情報系/フロント系オープンシステムをより戦略的に先鋭化する方向にある。主役はユーザー自身であって、外部ITベンダーはサポーターに位置づけられる。

 ITベンダーとの契約の見直しは、まず随意契約からの脱皮として顕在化し、その流れは止めようがない。また、労働者派遣事業法の厳格適用による偽装請負回避、情報管理に対する自己責任、TCOの圧縮をさらに進めるなどを目的に、外部発注のあり方そのものが見直されている。このとき、外部のITベンダーが、ユーザーが求める情報システムの信頼性確保や、指向するビジネスモデルに的確に対応できると認識されれば、今後とも〔ITのパートナー〕としての地位を維持することができる。

 しかし実情は、技術・ノウハウのレベルダウン、信頼感の希薄化が指摘され、総じてITベンダーは補助的な役割と認識される傾向にある。発注後の作業内容、プログラム品質、バグ・フィックスの状況などがブラックボックス化していること、プロジェクトにかかわる要員のスキル、所属企業、契約形態、調達価額の算定基準等が不透明であることから、ユーザーが外部発注について独自のガイドラインを策定しているのは、自己防衛の意味もある。

ダメ論・自己卑下から脱皮


 プログラムを読むことができないプログラマ、システム設計をできないシステムエンジニアに何ができるのか。技術教育もままならないのでは、ITサービス業の将来は暗い。

 同類型の企業が連鎖する平均6階層の多重下請け構造。いまだに35歳限界説が一定の意味をもってささやかれ、きつい・厳しい・帰れない(結婚できない)の「3K」と称される。現場では仕様変更と不採算プロジェクトに技術者の消耗戦が展開されている。

 このような「ダメ論」を自ら口にする自己卑下のスパイラルから脱皮しなければならない。たとえITサービス業がユーザーのIT利活用のサポート役に回るしかないとしても、プログラム・ステップ総数に内在するバグの発生率は、米欧と比べはるかに低い。日本のIT技術者の品質は、実は世界でトップクラスなのだ。

 要求定義ができないユーザー、技術仕様書を書けないシステムエンジニア、要求要件を理解できないプログラマが集まって・・・にもかかわらず大過ないシステムが構築されている。それはそれで素晴らしいことに違いない。現場のIT技術者は白兵戦でバグと戦っているからだ。だが、現場の消耗戦、白兵戦からIT技術者を救出しなければ、SIerの憂鬱は払拭できない。

 今日、明日にこの体制を変えることはできないにしても、また、たとえ相手にされなくても、ITサービス業界がユーザーと対等にグランドデザインを描き、契約のあり方を提唱していかなければならない。多重下請け構造はそのままでも、同類型の連鎖から分業の協業に転換することが欠かせない。ITベンダーに一様に要望されるのは「見える化」だ。

 「見える化」の第一は、業界の構造改革にある。プライムコントラクタをはっきりさせることが重要だが、これは売上高規模、動員要員数、資金力などでかなり具体化しつつある。サブ・プライムまでを「システム構築業」、その下の階層を「プログラム業」、最下層を「ITパワー供給業」といった形に整理するのも一案だろう。

 もう一つは「特化」。得意分野を持つ、特異な技術を蓄える、システム設計を専業化するといった取り組みが欠かせない。工学的アプローチに基づく開発手法を明示することも必要だ。そうすることによって個々の企業の色合いが鮮明になっていく。

 第三は、情報サービス産業協会の浜口友一会長が提唱している「フェージング契約」を定着させることだ。システム設計の段階、開発プロジェクトの段階と、フェーズごとに一定の取り決めに従って契約を結ぶ。ただし、そのためには非機能要件の定義や工数見積もりの定量化が前提となる。

 08年こそがその第一歩を踏み出す年になることを願う。【終わり】
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