ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>動画サイトのビジネス利用

2008/03/03 16:04

週刊BCN 2008年03月03日vol.1225掲載

広報活動や商品販売に

「百聞は一見にしかず」か

 自治体や民間企業が動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」を活用する動きが広がろうとしている。これまでは個人が家庭用デジタルビデオで撮影した映像を公開するブログ感覚の利用だったが、昨年、親会社のグーグルが動画像識別技術「ビデオID」と広告連動型配信サービスを公開したのがきっかけになった。ビジネス分野での利用が本格化するのはこれからだが、単純な趣味から広報活動、プロモーション、商品販売という展開が予想されるなかで、何が課題となるだろうか。(佃均(ITジャーナリスト)●取材/文)

 ユーチューブのサービスがスタートしたのは2005年12月。またたく間に利用者が増え、翌年10月にはグーグルが16億5000万ドルで買収した。全世界で毎日10万本以上の動画が投稿されているという。昨年の今ごろ、日本国内での利用者は200万人程度だったが、昨年6月に日本語版が提供されたのをきっかけに急増、調査会社のネットレイティングスによると07年2月現在、日本国内の利用者は1017万人、ページビューは6億2569万件という。

 既存のテレビやラジオに比べ、ユーチューブが決定的に違うのは、映像を流す費用がほとんどかからない点だ。民間のサーバーレンタルサービスを使うと月に数万円かかる。だが、ユーチューブでは最長10分間という制約はあるものの、原則として無料。民放テレビ/ラジオは何を放送するかを局が決め、放送時間も限られている。それに比べユーチューブはオンデマンド。利用者は気が向いたとき、何度でも見ることができる。

 類似のサイトは国内に約40あるといわれるが、グーグルの後ろ盾もあって他の追随を許さない。マイクロソフトがヤフー買収に動いたのも、グーグル/ユーチューブの破竹の勢いに危機感を覚えたためだ。自治体や民間企業が「これを使わない手はない」と考えるのは当然だが、こうしたマインドがIT業界の地図を変える原動力にならないとも限らない。

■最初は電子自治体から

 最も早い時期にユーチューブを利用したのは福島県の会津若松市。昨年1月末、広報用の映像を公開した。きっかけは、50年代から70年代に家庭用16ミリフィルムで撮影した映像が、市の倉庫から見つかったこと。その中に鶴ヶ城天守閣を再建したときの様子を伝える映像もあった。

 パソコン好きの職員が「貴重な映像資料だ。これを動画配信できないか」と発案し、市は市民への情報公開と観光誘致の一環としてデジタル化した。アクセスが急増したことから、現在は月1回の割で行われている市長会見の様子も見ることができる。結果として電子自治体の新しい手法として全国から注目されるようになった。

 政治の世界でも利用が始まった。民主党の鈴木寛・参院議員がインターネット上の仮想空間「セカンドライフ」でバーチャルな政策講演会を開いたのは広く知られているが、自民党は昨年12月にユーチューブに専用サイト「LDPチャンネル」を開設した。年明けには福田総裁が登場したほか、「河野タローと国会に行こう!」「新テロ特措法の成立にご理解を」などが掲載されている。

 今年1月には角川グループホールディングスが、「4月からユーチューブで広告付きの映像配信を開始する」と発表、またNTTドコモがグーグルと提携してユーチューブの映像を閲覧できるようにする計画を明らかにした。角川グループは当面、同社が著作権を持つアニメや映画の動画を配信し、映像の下に広告を掲載する。近い将来には自主作成の映像にも広げ、映像クリエータの発掘につなげるとしている。

 角川グループのもう一つのねらいは、著作権に違反して投稿されている動画の排除だといわれている。同社が著作権を持つアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」や「らき☆すた」の映像が不法に流されており、これをグーグルの「ビデオID」でチェックし、明らかに不法と判断した映像を削除しようというのだ。著作権は社会の良識として尊重しなければならないので、角川グループの取り組みは当然といっていい。

 一方、NTTドコモはユーチューブのほかグーグルの地図検索サービスを標準でサポートする。さらに次世代携帯端末のOSにグーグルが開発中の「アンドロイド」を採用することを前向きに検討している。これが本決まりになれば、ドコモ向け端末を開発・生産している電子機器メーカーに影響が及ぶことは間違いない。

■誤解や誤報の懸念も

 個人でもアフィリエイトで広告収入を得ることができるので、違いは情報の発信者が個人か事業体かに過ぎないというようにみえる。結局は消費者に無料で情報やコンテンツを提供し、広告で収益を得る民放テレビ/ラジオの手法と変わらないではないか、という指摘がある。つまり収益が既存メディアから動画サイトに移るだけで、新しさは何もない、というのだ。

 だがユーチューブの利用目的が、個人の情報発信・共有から、企業や公共機関、政党のプロモーションに移りつつあることは注目していい。ユーチューブ向けのデジタル映像作成やプロモーション支援といった新しい有償サービスが本格化するのはもちろん、仮想ショッピングモールが展開されることは容易に想像できる。

 そればかりか、報道の形も変わってくる。これまでは新聞社や雑誌社、放送局の記者が取材で得た情報を編集して購読者や視聴者に提供してきた。インターネットが市民ジャーナリズムを勃興させ、ユーチューブが「百聞は一見にしかず」の新しい世界を開く。

 ただ、気をつけなければならないのは、映像は文字に比べ、インパクトが強いという点だ。四角く切り取られた画面というだけでなく、ある瞬間的な局面だけをとらえた偏向も発生する。「百聞は一見にしかず」の反面、決定的な誤解や誤報を生みかねない。ポピュリズム(大衆迎合)の問題と並行して、報道とは何か、ジャーナリズムとは何かが問われるに違いない。

ズームアップ
ビデオID
 
 グーグルが開発した技術で、映像にIDが付与され、元となるコンテンツをインプットすると、システムが自動的にコンテンツの特徴を解析してサンプルファイルを作成する。ユーチューブに投稿される映像をサンプルファイルと照合し、類似性を判断する。昨年10月から実用化され、90%の確率で類似性が識別できるという。
 留意しなければならないのは、二次著作権まで厳しく規制すると、創造性が萎縮してしまうことだ。誰もが自由に情報を発信し、共有できる「オープン」と、「デジタル著作権」がどこで折り合うかが、ユーチューブのビジネス利用のカギとなる。
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