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<きまぐれクラウド観察記 第4回>クラウド・ブローカーの存在が日の目に――SaaSパートナーズ協会 専務理事 松田利夫

2010/10/19 16:04

 今回は、前回(第3回)ご紹介した「クラウド・ブローカー」についてお話ししよう。私は、SaaSあるいはクラウド・サービスを販売するには、サービス・プロバイダとユーザーを仲介するサービス再販事業者が必要であるということを「SaaS屋台」という表現を使って4年前から説いてきた。これまで、その重要性はなかなか理解されなかったが、ようやく援軍が現れた感がしたのは、昨年のことである。

 かの調査会社ガートナー社から「クラウド・ブローカー」という考え方を紹介したレポートが発表されたのだ。まだこの考え方が一般に認知されたとは言い難いが、オーストラリアの通信会社Telstraは、すでに2年前からクラウド・サービスの再販の仕組みをサイトに実装しているし、今年はブリティッシュ・テレコムから、「クラウド・サービス・ブローカー・カタリスト」が発表された。ようやく、「クラウド・ブローカー」が市場に認知される時が来たようである。

 ガートナー社の「クラウド・ブローカー」の概念をご紹介しておこう。ガートナー社は3種に分けて、それぞれに以下のような解釈を与えている。

仲介型(Intermediation)

 同一のクラウド・プラットフォーム上にある複数のクラウド・サービスに対して、統合的にセキュリティ、ユーザー管理、価格管理、代金請求管理などの付加サービスを構築して提供するもの。この種のサービスは、付加サービスの対象となるサービス・プロバイダ側、あるいはユーザーー側に構築される例が多いが、仲介サービス・プロバイダとしての地位を確立するためには、独立した中立的クラウド・プラットフォーム上に構築する必要がある。

集約型(Aggregation)

 相互に独立して提供される複数のクラウド・サービスに対して、横断的かつ統合的にカスタマー・サービスを付加して提供するもの。一般に、相互に独立したクラウド・サービス間のデータ連携、ビジネス・プロセス統合等の仲介機能を、ユーザー自身が自ら用意するとは考え難い。そこで、複数のサービス・プロバイダーとユーザーの間でビジネス・データやユーザー情報の連携を安全に行うサービスが必要になる。集約サービスは、各クラウド・サービス・プロバイダーと独立したクラウド・プラットフォーム上に構築され、新たなサービス層を形成する。ここで集約されるサービスは固定的で、その組み合わせを変える頻度は低い。

裁定型(Arbitrage)

 クラウド・サービスの選択に日和見的な柔軟性を与え、またクラウド・サービス・プロバイダー間の競合を促す役割を担う。裁定型のブローカーは、集約型に似てはいるが、そのサービスの組み合わせは固定的ではない。裁定型ブローカーの目的は、集約型に日和見的な選択の柔軟性を与えることにある。ユーザーは、裁定型ブローカーを通じて、いくつかのメール・サービスのなかから好きなものを選び、好みのカレンダー・サービスや設備予約サービスと組み合わせることができるようになり、随時その組み合わせを変えることもできる。

 このようなサービス・モデルとしての「クラウド・ブローカー」の議論が深まるのと並行して、技術的にも「クラウド・ブローカー」としての仲介サービスを実装するのに大切な技術が市場に広まりつつある。その一つが、SAML(Security Assertion Markup Language)である。OASIS(Organization for the Advancement of Structured Information Standards)により策定されたユーザーIDやパスワードなどの認証情報を安全に交換するためのXML仕様である。

 通常、相互に独立な複数のクラウド・サービスを利用するには、個々のサービスにアクセスするたびに認証情報を入力しなければならない。これでは手間がかかり、認証情報の管理も面倒である。利用するクラウド・サービスがSAMLに対応していれば、クラウド・ブローカーのサイトにある認証情報が、そのサイトから誘導された先のクラウド・サービスのサイトに自動的に引き継がれる。まさに、集約型や裁定型のブローカーにとって、なくてはならない技術である。このような技術が現れたという事実からも、「クラウド・ブローカー」というビジネス・モデルの可能性を予見することができる。

 メールやグループウェアの類だけならともかく、さまざまなクラウド・アプリケーションを組み合わせてビジネス・プロセスに適用することを考えると、まず問題になるのは、肝心のユーザーがそれを活用するのに十分な知識を備えているかどうかということである。また、クラウド・サービスの低廉な価格や導入の容易さなどから、これまでに業務用アプリケーションを活用してこなかったユーザーが新たに関心を示すことも考えられる。いずれにせよ、クラウド・サービスに対するユーザーの理解が進み、活用するためのリテラシー・レベルが上がってくるまで、今しばらく時間を要するだろう。もうお分かりだろうが、ここにクラウド・ビジネス参入の大きなチャンスがある。そこに位置付けられるものたちこそ、まさしく、「クラウド・ブローカー」と呼ばれる新たなサービス事業者なのである。


・次回に続く

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BCN Bizline編集部
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