全国屈指のインターネット環境を整備したことが功を奏して、徳島県の過疎地域には県外のIT企業が続々と進出し、サテライトオフィスとしての利用を開始している。今回は、とくに誘致の盛んな名西郡神山町に進出した2社に焦点をあてて、何を目的として進出したのか、どのように利用しているのかといったサテライトオフィスの活用法を探る。(取材・文/真鍋 武)
元気になって帰ってくる従業員

Sansan
角川素久
取締役 名刺管理クラウドサービスを提供しているSansan(寺田親弘社長)は、2010年10月に古民家を活用したサテライトオフィス「神山ラボ」を開設した。進出したきっかけは、「会社として、当時から新しい働き方をいろいろと試していた」(人事部長の角川素久取締役)からだ。
Sansanは、07年6月設立のITベンチャーだ。設立当初は、全員がスーツを着て、ネクタイをして働く伝統的なワークスタイルだった。しかし、10年になって業績が伸びてきてからは、より独創的な発想を生みだす環境の整備に力を注いだ。私服で働くドレスフリーに変更したり、オフィスを移転したりした。サテライトオフィスも、こうした働き方を革新する施策の一環だった。
また、目的の一つに従業員の生産性向上があった。「東京のオフィスだと、人数が多くて社内が騒がしい。独創的な発想が求められるエンジニアは、静かで自然豊かな土地で働いたほうが、生産性が上がると考えた」(角川取締役)。
サテライトオフィスでは、志願した従業員を数週間から1か月程度、住み込みで滞在させる方式をとっている。稼働率は年のおよそ7割ほど。エンジニアや、マーケティング担当者、オンライン営業の担当者などが活用している。「Google Apps」や社内SNS「Yammer」、ウェブ会議システムを導入し、過疎地でも通常通り仕事をして、コミュニケーションを取ることができる仕組みを構築している。
角川取締役は、「実際には、従業員の生産性が劇的に向上したわけではない」という。しかし、「東京と同じレベルの生産性を維持して、過疎地域でも働けることを証明できた。何よりも、サテライトオフィスを活用した従業員のほとんどが、以前よりも元気になって東京に帰ってくることがうれしい」と誇らしげだ。大自然に囲まれた環境であることはもちろん、古民家に住み込みで働くことで、満員電車の通勤に苛まれることもなく、従業員同士が一緒にご飯をつくって食べたり、地元の人とコミュニケーションを取ったりして、豊かな暮らしを実践できる。神山町のサテライトオフィスは、最良のワーク・ライフ・バランスを実現したわけだ。
企業間交流が新たな価値を生む

ダンクソフト
渡辺トオル
副社長 ソフト開発のダンクソフト(星野晃一郎社長)は、東日本大震災以降、交通マヒなどで、在宅勤務せざるを得なくなったときに、オフィスと同じ感覚で働けるようにするため、社内のペーパーレス化を進めた。ドキュメント類はクラウド上に保管し、いつでもどこでも従業員が閲覧できるようにしてある。
ダンクソフトは、このペーパーレス化をコンサルティングとしてサービス化している。古民家を借りたサテライトオフィスでは、このペーパーレス化によって、限界集落でも事業を継続することができるということを、身をもって証明するための実証実験を行った。渡辺トオル副社長は、「インターネット回線が普及していることは知っていたが、過疎地域は人が少なく、東京よりも高速だったので、快適だった」と驚いている。
現在、ダンクソフトは徳島市内に別の事業所を設けており、4人の従業員が常駐している。サテライトオフィスは、現在は不定期での活用になるが、8月にはシステム開発を事業とした常駐型での利用を開始する。場所は、NPO法人グリーンバレーが運営する企業の共同ワーキングプレース内に設ける予定だ。

豊かな自然に囲まれた神山町
古民家をオフィスとして活用
東京と同じ環境で働く その理由の一つに、神山町に進出したIT企業とのコミュニティを重要視していることがある。「進出企業は、先進的な取り組みをしているところが多い。そこにいる人たちとコミュニケーションを取ることは刺激的で、思いもしなかった新たな発見につながる。そこで信頼関係を構築していくことは重要だ。そこからの紹介がきっかけで、案件を獲得することもある」(渡辺副社長)という。
サテライトオフィスの活用は、まだ直接的な収益には結びついていないものの、すでに本社での営業活動には貢献している。渡辺副社長は、「東京では、ただ単に営業をかけても、なかなかアポイントを取ることができない。しかし、『徳島県の過疎地で、ペーパーレス化を実践しています』といえば、興味をもってくれて、商談に結びつきやすい。そして、身をもって実践していることを事例として紹介できるので、案件受注の確率を押し上げている」と効用を語った。