徳島県は、人口や県内総生産が全国下位クラスで、IT市場規模も小さい。その一方で、光ファイバーの整備率は全国屈指のレベルで、県内全域で高速なインターネット環境を利用することができる。こうした事情から、県外のIT企業が続々と県の過疎地域に進出し、サテライトオフィスとしての利用を開始。過疎地域の活性化と、新たなワークスタイルの創出につなげている。(取材・文/真鍋 武)
山奥でも快適なネット環境

徳島県政策創造部
地域振興総局
地域創造課集落
再生室リーダー
大屋英一 室長補佐 徳島県は、人口が全国44位の約78万人(2010年、総務省)で、県内総生産が約2兆8000億円(10年、内閣府)と、全国の1%も産出していない。また、少子高齢化や、県外への転出者が相次いだ結果、65歳以上の高齢者が人口の半数を超える“限界集落”と呼ばれる地域の割合が35.5%と、全国平均の15.5%と比べて極めて高くなっている(10年、徳島県)。ただでさえ人口が少ないうえに、過疎地域が増えており、地域の活性化が喫緊の課題となっている。
県内のIT産業では、ソフトウェア業の年間売上高が約110億円(10年、経済産業省)あり、このうち受託ソフトウェア業が約4割、プロダクトが6割となっている。受託ソフト開発よりもプロダクトの売上高が多いという構成は、全国的にも類をみないが、全国展開に成功しているジャストシステムがこのうちの大部分を産出しているため、他の地域同様、地場ITベンダーのビジネスは、受託ソフト開発のビジネスが中心になっている。実際、2010年には、ジャストシステムを除いた県内のプロダクトベンダーは5社しかなく、受託ソフト開発ベンダーが38社となっていた。徳島情報産業協会(TIA)の外山邦夫会長は、「受託ソフト開発が事業の中心となっている企業は、他の地域と同じように案件の単価が下落するなどの影響で苦しんでいるケースが多い」と実状を語る。
その一方で、県内のブロードバンド環境は、全国屈指のレベルとなっている。県は、地上デジタル放送への移行に伴い、02年~10年にかけてケーブルテレビ網の整備を進めた。その結果、徳島県のCATVの世帯普及率は88.5%と、全国平均の51.6%を大きく上回り、全国1位(12年、総務省)。同時に、自治体が整備した光ファイバー網の芯線長の県民、世帯あたりの距離数も全国1位で、県内ではどんな山奥の地域でも快適なネット環境を利用することができる。
過疎地にIT企業が急増
光ファイバーの整備が功を奏して、近年、徳島県では、県外から過疎地域へ進出するIT企業が増えている。人口1万人に満たない名西郡神山町や海部郡美波町などに、コールセンターやウェブシステム開発などを手がける県外のIT企業が、今年5月時点ですでに12社進出。用途は、システム開発の拠点や、BCP(事業継続計画)のためのバックアップ拠点などで、進出企業の多くは、限界集落の空き家となった古民家を再活用して事業所として利用している。徳島県政策創造部地域振興総局地域創造課集落再生室リーダーの大屋英一室長補佐は、「こんな山奥でも高速なネット環境が使えるなんてすごい、と驚く企業が多い」という。

月一回程度、サテライトオフィスの誘致に関する会議を開催
快適なネット環境と、安価な土地代だけがIT企業の進出を後押ししているわけではない。県や地場のNPO法人であるグリーンバレーが、誘致活動を積極的に行っている。県は、県外からの進出企業に対して、事務機器や回線の利用料、事務所とする不動産の賃貸料に対して、助成制度を設け、進出企業が最小限の負担でサテライトオフィスを設けられるようにしている。一方、グリーンバレーでは、円滑に事業を開始できるように、過疎地域の住民とのコミュニケーションをとる機会を設けたりしている。大屋室長補佐は、「近年は、サテライトオフィスの企業が増えて、地域の活性化につながっている。例えば、神山町では、住民の転出数よりも、転入数が上回り、高齢者が亡くなるなどの自然減分を考慮すると、2011年には12人の増加となった」と効用を語る。
また、大屋室長補佐は、限界集落の再生を目的として、サテライトオフィスの誘致を進める一方、進出した企業に対しては、「新しい働き方を実践していただくよう提案している」という。限界集落は、基本的に自然豊かな場所にあるので、昼休みに農作業をしたり、サーフィンを楽しんでから出社したりと、田舎ならではの暮らしを実現できる。ネット環境が充実しているため、仕事も都会と何ら変わりなくできる。この環境を利用して、徳島県をワーク・ライフ・バランスの先進地として確立しようという狙いがある。
県は、こうしたサテライトオフィスの誘致をさらに推し進めていく方針だ。月に一回程度、サテライトオフィスに関する会議を開催し、県の担当者やグリーンバレー、進出企業の担当者が集い、議論を交わしている。また、その際には進出企業の東京本社からウェブ会議システム「Lync」を活用して、リアルタイムで中継し、県内外から広く意見を取り入れている。