地方自治体や病院・診療所と並んで、全国に広がっている公共機関としては学校が挙げられる。政府は、国民の学力向上のためにITを積極的に活用しようとしている。その政策をもとに、パソコンや校内LANなどの設備は、全国的にある程度整ってきた。しかし、それを活用するためのコンテンツやアプリケーションソフトの整備はまだ不十分。今後、新たなIT需要が生まれそうだ。(構成/木村剛士)
【User】インフラは整ったがコンテンツとアプリが未整備
文部科学省によると、全国に学校は3万6054校ある(2011年時点)。文科省は学校を11区分しており、その区分ごとの数を図1に示した。日本の義務教育期間は、小学校と中学校の9年間なので、小学校と中学校はほかの学校区分よりも数が多く、国公立の比率が高い。全学校のうち小学校の割合は37.6%で、中学校が18.6%。合計すると56.2%になる。国公立の割合は小学校が99.0%、中学校は92.9%にものぼる。
ITの浸透状況はどうか。学校に必要な主なIT環境の整備率を図2に示した。公立の小・中学校、高校、中等教育学校、特別支援学校に限定したものだが、教員のコンピュータ(パソコン)と校内LAN、通信速度30Mbps以上のインターネット回線と電子黒板は70%を超えており、高い水準で整備されていることがわかる。インフラは整ってきている。
その一方で、デジタル教科書を利用する学校は少なく、2012年時点で22.6%。また、図には示していないが、学校の事務業務を支援する「校務支援システム」の整備状況は68.3%(2012年)とインフラに比べて低い。このうち、「校務支援システム」をクラウドコンピューティングで運用している比率は27.1%(2012年)。クラウドの利用率は一般企業に比べて低いのが実状のようだ。ハードは整ったものの、それを活用するコンテンツとアプリケーションソフトが行き届いていない。文科省がITの「利活用」を強調しているのはこのためで、「器は用意したものの有効活用されていない」と感じていることの現れだろう。文科省が2011年4月に公表した「教育の情報化ビジョン」では、デジタル教科書と、校務支援システムの普及を進めることを掲げており、今後はコンテンツとアプリケーションの導入を促進する政府の動きが目立つはずだ。
【Vendor&Maker】独特のチャネルが存在
自治体や病院などの公共機関と同様、学校に強いITベンダーはNECや富士通、日立製作所といったグループ会社含めた大手ITベンダーである。そのほか、学校に特別強い全国系SIerが存在し、内田洋行や日本事務器などのITベンダーがそれにあたる。また、病院や自治体など、他の教育機関と同様に、全国にユーザーが広がっているので、地方のSIerの力も強い。「ローカルジャイアント」と呼ばれる地域の有力SIerは、学校向けのIT事業を手がけているケースが大半だ。北海道のHBA、新潟のBSNアイネット、福岡のエコー電子工業がその代表例。
学校向けソリューションでは、システムごとに個別に強いITベンダーが存在する。図書館システム、校務支援システム、デジタル教材配信システムなど、特定のアプリケーションソフトに強みをもつITベンダーが存在し、SkyやSRA、チエル、インフォテリア、サイエンティアなどがそれにあたる。
公立学校には特殊なチャネルがある。各地域の学校を束ねる教育委員会があって、教育委員会が投資する分野や任せる事業者を選定するケースが多い。したがって、教育委員会とのパイプの太さがものをいう。過去の実績やつながりが受注状況や将来のビジネスにも大きく影響を与えるので、参入障壁は高い。
比較的参入障壁が低いのが、私立学校だ。単独で投資分野やITベンダーを選ぶケースが多いので、これまでつき合いのなかったITベンダーの製品を選ぶケースも多々みられる。ただし、病院と同様、情報システム部門が存在しないケースが大半で、学長などトップ層とのコネクションをもつことが決め手になるという特徴がある。
これらの状況を考えると、学校のITマーケットに攻め入るためには、単独ではなく、すでに学校向けITビジネスで実績のあるITベンダーと協力体制を築くことが有効な手段といえる。
【Solution】タブレット端末と無線LANの整備に需要
今後、学校向けITソリューションで需要が見込めるのは、ハード系のインフラであれば無線LANとタブレット端末だろう。今、政府が進めるIT推進策の目玉が「フューチャースクール推進事業」だ。総務省と文科省が連携して2010年度からの4か年計画で進めている大型実証実験プロジェクトで、小・中・特別支援学校の合計20校に対して、タブレット端末と電子黒板、クラウドを使い、学力の向上につながる新しい教育方法を探すというもの。今年度は最終年度で、実証実験の成果をガイドライン化する。また、政府は長期IT戦略で、学生一人1台の情報端末の整備を標榜しており、タブレット端末が主役になりそうだ。そうなれば、無線での接続が前提のタブレット端末とシステムをつなぐための無線LANは需要が見込める。
校内LANの整備は着実に進み、前出の図2で公立学校の83.6%は整備されている(2012年時点)と説明した。とはいえ、校内LANを無線化しているのはこのうち23.7%(2012年3月時点)で、一気に低くなる。2011年は23.2%、10年が21.8%。この2年で1.9ポイントしか伸びておらず、普及速度は上がっていない。校内LANの無線化は「情報教育化ビジョン」のなかで促進ポイントに置いているので、政府も後押しするだろう。
今後は、タブレット端末で利用するコンテンツとそれを配信するアプリケーションの需要が、一気に増えるとみられる。電子黒板は72%しか普及しておらず、システムのクラウド化もまだ道半ば。それなりの需要はあるだろうが、先に説明したように、インフラが整っていながら、それを活用するコンテンツとアプリケーションが不足していることが大きな課題になっているので、需要は見込まれる。教科書や試験などをデジタル化して授業に生かす取り組みは、確実に活発化するはず。教材のデジタル化業務とそれを配信するシステム、セキュリティ関連の製品・サービスの需要は、今後確実に増えていく。