北九州市は、近代以降、官営八幡製鉄所などの製造業が集積し、工業都市として発展してきた経緯から、地場IT企業の多くが大手製造業の情報システム子会社となっている。しかし、親会社の下請けビジネスだけでは将来は明るくないとみて、最近は地場IT企業間の連携や、自社パッケージの開発の動きが活発になってきた。(取材・文/真鍋武)
競合から“協合”へ
工業都市として発展してきた北九州市には、現在も新日鉄住金や安川電機、TOTOなどの大手企業が生産拠点を構えている。そのため、地場のIT企業の多くは、製造業の情報システム子会社となっている。
そうした企業では、親会社からの下請け案件で基幹系システムの保守・サポートだけで、ある程度の収益を上げることができる。しかし、それだけでは事業の成長が望めない。全国的に受託ソフト開発のビジネスが停滞している状況をみれば、この先の長期的なビジネスの継続を楽観視することはできないという認識があるようだ。

ランテック
ソフトウェア
庄司裕一
代表取締役 北九州情報サービス産業振興協会(KIP)の会長で、ソフト開発を手がけるランテックソフトウェアの庄司裕一代表取締役は、「市場は限られてきた。昔は隣の会社を蹴落としてでも自社が生き残るという姿勢でビジネスをしてきた。しかし、これからはお互いが協力し合う“協合”の姿勢が必要だ。具体的には、商品・技術・顧客を地場のIT企業間で共有する方向に動き出している」と説明する。例えば、ランテックソフトウェアは、自社で開発した不動産鑑定士向け評価ソフトの販売を手がけているが、ソフトを顧客に提案するなかで、OA機器の需要があれば、別の会社を紹介したり、サポートを地場のサポート会社に委託したりする。実際に庄司代表取締役は、「LED蛍光灯に取って代わると注目されているCCFL管(冷陰極蛍光管)を提供している地場企業のカタログを持ち歩いて、顧客先で紹介している」という。
ただ、北九州市内のIT企業の“協合”関係は密接になってきたものの、県内でもう一つの政令指定都市となっている福岡市のITベンダーとの関係は希薄だ。同じ県内に二つの政令指定都市が存在することから、両市はライバル関係にある。庄司代表取締役は、「福岡県や福岡県情報サービス産業協会(FISA)との連携は一切ない」と現状を説明する。また、同じ県内といっても、北九州市から福岡市に移動するにはクルマでおよそ1時間かかることも影響している。イベントや研修会に参加するとなれば、丸1日つぶれてしまうからだ。庄司代表取締役は、「県が何か催し物を開くときには、必ず福岡市内で行う。北九州市で県のIT関連のイベントが開催された試しがない。これには物申したい」と本音を漏らす。北九州市内だけでなく、福岡県全体での“協合”も課題となっている。
自社ブランドへの執着が高まる
庄司代表取締役は、地場の中小IT企業に自社パッケージを提供することを訴えかけている。ランテックソフトウェアが提供している不動産鑑定ソフトは、全国の不動産鑑定事務所中、およそ600社が採用していて、同社の収益の6割を捻出している。最近では、GISソリューションを展開する地場大手IT企業のゼンリンと連携して、不動産鑑定と地図情報を組み合わせたソリューションの提供も開始するなど、好調だ。自社パッケージをもてば、バージョンアップやサポートなどによって、ストックビジネスを展開できる。しかし、北九州市には、約120社のIT企業があるものの(2008年、経済産業省の「特定サービス産業調査」)、自社商材をもっている企業は、これまでほとんどなかった。庄司代表取締役は、「最近になって、自社ブランドをもつことの重要性にどの企業も気がついてきた。新しいことを今まさに始めようとしている」と期待している。

アクシス
大久保敏高
取締役 例えば、パルプモールド・フィルムなどの包装用素材の製造・販売を手がける大石産業の子会社、アクシスでは、従来の親会社中心のビジネスに危機感を抱いて、自社商材の提供に積極的だ。今年12月には、eラーニング教材として、医療機関向け「看護必要度」評価者育成コンテンツの試験提供を開始した。「看護必要度」とは、看護師が病院に入院している患者の重症度や看護必要度を測定するためのツールで、「病院の経営にとって重要なものになっている。100床程度の病院が、『看護必要度』をきちんと評価するのとしないのでは、年間に数億円の売り上げの差が発生する」(大久保敏高取締役)という。アクシスでは、地元の医療機関と協力して、実際の現場で使ってもらいながらコンテンツを磨き上げてきた。試験販売の期間を経て、14年4月には本格的に県外に外販していく考えだ。また、アクシスでは、OSSのERP/CRMソフト「Compiere」を活用したビジネスも検討している。大久保取締役は、「当社の従業員数は50人程度。大手ベンダーのようにスクラッチで基幹系のソフトを開発して、エンドユーザーに届けるというのは現実的ではない。『Compiere』のカスタマイズやサポートを軸にしたメンテナンスサービスを提供したい」と意欲をみせている。北九州市のIT企業の新たなビジネスの芽は、着実に育ちつつある。