語る人
中村 稔 氏
情報処理推進機構(IPA)
参事 戦略企画部長
プロフィール 1986年、東京大学法学部卒業。同年4月、通商産業省入省。機械情報産業局情報処理システム開発課総括係長、在ポーランド日本国大使館一等書記官、石油公団総務部総務課長、経済産業省通商政策局中東アフリカ室長・内閣官房イラク復興支援推進室参事官、兵庫県産業労働部長、資源エネルギー庁資源・燃料部石油流通課長などを経て、2013年7月から現職。
受託開発以外の事業に投資する余裕がない
IT業界の直近の景況感は右肩上がりにみえる。この状況は、マイナンバー制度(社会保障・税番号制度)の実施や東京五輪開催などの効果で2020年までは何とか継続するだろう。しかし、その先が問題だ。IT業界全体で人材不足が顕著になる。また、多重下請け構造のなかで受託開発するというビジネスモデルは、ますます苦しくなるだろう。IPAは、IT人材育成事業の一環として、ITベンダーの事業内容や人材動向などを調査し、その結果を「IT人材白書」として発表しているが、課題がデータ上にも浮き彫りになっている。
まず、受託開発の売上比率が71%以上を占めるIT企業がいまだに4割近くを占めていて、中小・零細企業になるほど、受託開発に依存している傾向が強い。受託開発事業を手がけるベンダーに、それ以外の事業の実施状況を聞くと、計画はあっても実行できていない。そして、そもそもそうした新しい事業の必要性を感じていないベンダーが多いという状況も浮かび上がっている。
そして、その理由を探ってみると、大企業は下請けに出せばいいだけなので危機感がなかなか醸成されないというのがまず一点。そして中小・零細企業は、大企業と比べると変わる必要があるという自覚はあるが、新しい事業に投資する余裕がないという結果が明らかになっている。
未踏人材などが活躍できる環境が未整備
多くのITベンダーが受託開発から脱却できない理由は、新しい事業を企画できず、ビジネスモデルを具現化できないから。つまり、事業のアイデアを出す人がいないのだ。従来型の受託開発以外の事業を主導できる人材が育成もできておらず、その傾向は企業規模が小さくなるほど顕著だ。
IPAが展開しているIT人材育成事業や未踏人材発掘・育成事業などは、そうした人材を育てるという意図もあるのだが、日本のIT業界ではそういう人材が活躍し切れていないのが現状。ITベンダー側が人材にフォーカスした投資をしないので、新しい事業も生まれず、利益も増えない。結果、「ゆでガエル」になってしまい、変わろうと思ったときには新事業のために人材育成・発掘に投資するだけの体力がないという悪循環に陥ってしまっている。IPAとしても、「変わらないことのリスク」を国内のベンダーに啓発するなど、事業の効果を最大化するための取り組みをしていかなければならないと考えている。(談)(本多和幸)