パソコンからプロジェクターへの投影インターフェースはアナログ技術であるVGAからHDMIへと急速に移り変わり、テレビでもD端子などのアナログケーブルがHDMIへと入れ替わりつつある。このようななか、DOLBYからとても興味深い技術が市場に投入されようとしている。一つは本紙8月4日号の本欄で俎上に乗せた「音のオブジェクト化・メタデータ化」、もう一つが「映像のダイナミックレンジの拡大」である。映像は、可視光帯域の光を用いて人間の視覚を刺激するものだ。自然界には、可視光帯域より幅の広い光が存在しているが、人間の眼が認識可能な帯域は限られている。われわれは、少なくとも、可視光帯域の光を記録・表示することで、人間が見た映像を再現することができる。しかし、現在の映像は、とくに出力側が古い出力機器の特性に引きずられ、今日まで、可視光帯域よりもはるかに狭い帯域幅での出力となっていた。
古い出力機器とは、映画館のプロジェクターとCRT(ブラウン管)である。入力側であるCCDやCGは、すでに可視光帯域を超える帯域の光を測定・製造することが可能となっている。しかし、出力側の帯域幅は、極端に小さな狭いものになっているのだ。われわれの周りにある情報機器は、すでに人間が認識可能な周波数帯域を超えている。超高速撮影は、人間の視覚が認識不可能な高周波の情報を、時間軸を延長して、可視光帯域に周波数変換している技術とみることができる。
出力側のダイナミックレンジを拡大することで、映像品質が劇的に改善することがコンテンツ産業に認識され、映像の出力用データのダイナミックレンジの拡張と、それを実現するための出力装置の開発が動き始めた。映像の入力側は周波数と信号強度の両方に関するダイナミックレンジの拡張を継続的に行ってきたが、出力側はいわば1960~70年代の技術仕様に縛られていたのだ。本来、出力“されるべき”生データのダイナミックレンジは可能な限り大きくしておいて、出力デバイスの能力と視聴者の能力に対応して出力が行われるのが健全なのだと考えられる。しかし、伝送帯域と記憶容量の制限から、実際には生データよりもはるかに狭いダイナミックレンジのデータが伝送・出力されていたのである。とても不思議なことに、われわれはこれを『常識』として、疑いをもってこなかったのだ。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江﨑 浩

江崎 浩(えさき ひろし)
1963年生まれ、福岡県出身。1987年、九州大学工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年4月、東芝に入社し、ATMネットワーク制御技術の研究に従事。98年10月、東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月より現職。WIDEプロジェクト代表。東大グリーンICTプロジェクト代表、MPLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。