「せっかくクラウドという万能ともいえるシステムが出ているのに、今までの延長上で経営をしていてはあまり意味はないのです。多くの日本企業はどうしてクラウドが出てきたのかを考えるべきですよ。なんでこんなに高度化した仕組みを十分に使わないか、使えないか。といっても、うちも完璧とはいきませんが……」と語るのは、中堅クラスの資材メーカー、A社の社長である。確かに、この会社はすごい。フィリピン、タイ、ベトナム、インドネシアそれに日本に生産拠点を置き、現地での需要に対応している。ここまではあまりほかの企業と変わらないが、クラウドを活用した会計管理システムがすごいのだ。
このシステムの中核拠点は、フィリピンにある。なぜフィリピンにしたかといえば、会計のシステムが日本のやり方では国際標準にならないからである。この会計の集中管理システムセンターには、五つの工場から決済のたびに瞬時に収入と支出の情報が入る。各国別に画面があり、そこに決済のたびに瞬時に表示される。つまり、同社は厳密にいえば日時決算ではなく瞬時決算なのだ。いつでも会社全体の経営の状況がわかるのである。しかも、日本以外の4工場にはフィリピン人の公認会計士が常駐していて、この収入と支出すべてをチェックしている。違法な収入や支出、コンプライアンスの上で問題なものはその場で除かれる。
当初は、日本にもこのフィリピン人の公認会計士を常駐させようとしたが、経理の責任者は日本の会計処理は問題がないと、頑として受け入れない。このときA社長は本当にそうかなと思ったが、ともかくこのシステムを導入することが大事なので、とりあえず日本には常駐させないことで話をまとめた。そして、このシステムを入れたら、すぐに効果が現れた。今、どこが稼いでいるのかがわかる。経費が多いのはどこかも明らかになる。「日本は人件費は高い割にはそれほど稼いでないね」「このところ、ベトナムでの販売の伸びは大きいね」「インドネシアの生産性の低さの原因は何なのか」──これらのことが瞬時にわかる。
そうすると、これまでの経営のネックとなっていた日本本社中心主義、日本社員中心主義、日本的システム中心主義がこの「見える化」で自然に改善に向かう。何から何まで驚くことの多い会社であったが、クラウドの活用とは、グローバル化とは何なのかをよく教えてくれる事例である。
アジアビジネス探索者 増田辰弘
略歴
増田 辰弘(ますだ たつひろ)

1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。01年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。