クレスコは「先回り戦術」を駆使することで、顧客のニーズをつかんでいる。顧客の経営課題と、ITの技術トレンドの両方をつぶさに観察し、実用化のめどがついた新しい技術を顧客の経営陣に直接提案していく手法だ。どの新技術を提案するかは、日頃から顧客とのコミュニケーションを通じて得た経営課題などをもとに選別、目利きを行う。顧客の課題意識や解決方法、技術的トレンドをいち早くつかむことで、ライバル他社より有利に商談を進めるのが「先回り戦術」である。(取材・文/安藤章司)
Company Data会社名 クレスコ
所在地 東京都港区
資本金 約25億円
創業 1988年
社員数 連結約1700人
事業概要 クレスコは、金融や産業向けの業務ソフトや、車載、通信機器などへの組み込みソフトの開発を手がけるSIerだ。自社開発の商材販売も意欲的に取り組む。IBM Watsonのエコシステム・パートナーでもある。
URL:http://www.cresco.co.jp/ 顧客状況「特になし」は許されない

根元浩幸
代表取締役社長 クレスコ社員が制作する業務報告の一番上には、顧客の業務や経営に関わる課題意識について記述する「顧客状況」の欄がある。他の欄はともかく、ここに「特になし」と書こうものなら、必ず上司から指導が入る。どんな些細なことでもいいので、顧客とコミュニケーションをとったときは、顧客が感じている課題意識を聞き込んでくることが、クレスコ社員の共通のルールとなっているのだ。同時に世界のITに関する技術トレンドをつぶさに観察・調査し、聞き込んできた顧客の課題の解決に役立つようなITサービス/商談に落とし込んでいく。常に顧客の課題意識を追跡するとともに、技術領域では「先回り」する戦術によって、クレスコは売り上げ、利益ともに順調に伸長。2016年3月期の連結売上高は、前年度比14.1%増の286億円、営業利益は同19.2%増の24億円の見込みで、期初見通しを上方修正するほどの好調ぶりである。
しかし、こうしたクレスコでも、つい10年前までは、大手ITベンダーの下請けがメインで、エンドユーザーの課題を知る立場になかった。エンドユーザーの経営課題がわからなければ、どんな技術が役立つのかわからず、技術者の育成もままならない。SIerである以上、「技術者が強くなければ会社が潰れてしまう」(クレスコの根元浩幸社長)との危機感から、エンドユーザーからの元請け(プライム)案件を徐々に増やし、直近では6割ほどをプライム案件で占めるようになった。
Watsonビジネスパートナーに抜擢
直近のトピックでは、日本IBMとソフトバンクが共同で手がけるコグニティブ・コンピューティング「IBM Watson」の「エコシステム・パートナー」に選定されている。今年2月にWatson日本語版が発売され、国内ではソフトバンクがマスターディストリビュータを務めているが、そのビジネスパートナー(販社)には、AI(人工知能)関連で実績があり、技術的裏づけをもつベンダーに現時点では限られる傾向がある。クレスコがパートナーに選ばれたのは、ある人材派遣会社にWatson(英語版)を先行的に納入した実績が評価された。
モバイルやIoT、ビッグデータ分析の新技術を習得していく過程で、その延長線上にAIが存在することがわかっていたクレスコは、Watsonをはじめとする関連技術の調査にとりかかっていた。時を同じくして、クレスコが基幹業務システムの構築を担当していた人材派遣会社の経営者から、「AIで人材マッチングの精度を高めたい」というニーズを聞きつけ、間髪入れずにビッグデータ分析やAIを駆使した人材マッチングの精度向上に役立つ新システムを提案したことが受注に結びついた。
技術者育成の費用は「必要経費」
この案件でポイントになったのは、業務システムの請け負い開発を接点としつつも、顧客の課題を早い段階で聞き出した点と、それを解決する最新の技術的裏づけをあらかじめ揃えられていたことだった。顧客の課題を聞き出しても、もし、前もってビッグデータ分析やWatsonといった最新技術の習得に着手していなければ、「恐らく失注していた」(同)と振り返る。顧客自身もWatsonによって人材マッチングの精度向上に役立つかどうか確信がつかみきれない状態だったが、クレスコが技術的な根拠を顧客の経営者に説明し、背中を押した格好になった。
これが同社が重視する「先回り戦術」であり、他にも類似する成功例が多数あるという。顧客の課題意識にいち早く気づき、技術的根拠を示すことで背中を押す。これがライバル他社より有利に商談を進めることにつながる。
ITは常に進化し続けるものであるが、その新技術の多くは「既存技術の派生か、その延長線上にある」。今回のWatsonの事例はIoTやビッグデータ分析と関連性が深いAIの領域だったが、業務ソフトや組み込みソフトの領域でも、既存技術と関連性を保った新技術が生まれ続けている。エンドユーザーの課題の聞き込みを粘り強く続けるとともに、こうした新技術を目利きできる技術者を育成しなければ、「SIerとして勝ち残れない」と強い危機意識をもつ。SIerにとって技術者の育成は「先行投資」ではなく「必要経費」という感覚で取り組むことで、高成長、高収益を実現している。