シンクライアントへの市場の関心が高まっている。1990年代末の最初の波から数えて三度目の波といってよいのだろうか?今度は、少し高めの波が押し寄せてきた気配がある。昨年、総務省により「自治体情報システム・セキュリティ強靭性向上」のためのガイドラインが提示されたことが主たる要因だが、なぜか民間での需要の高まりもみられる。民需ではテレワークやBCPなどというテーマも聞こえ、用途面での広がりもみられるが、現時点ではセキュリティへの関心が大きそうである。
私自身、昨年秋頃から、シンクライアントについて、自治体の方々はもちろんIT業界の方々からもたくさんのご相談を受け、講演をさせていただく機会も増えている。最初の頃は、何を今更という印象だったが、いろいろとご相談を受けているうちに、この技術をきちんと理解されている方が本当に少ないことが分ってきた。その原因の一つは、明らかに用語の問題である。90年代末からブームのたびにさまざまな用語が新たに捏造され、またその意味をすり替えられてきた。技術者でさえそれぞれの用語を正確に理解し、説明することは容易でない。一時期嫌われて避けられていたSBCが復活しているし、VDIは昔とは違う意味で使われている。もう一つは、この技術をセキュリティ対策に用いるとなると、他のセキュリティ技術と組み合わせ、既存業務の生産性を妨げないような導入が自ずと求められるという難しさにある。それに加えて、理解すべき技術スタックの深さがある。ミドルウェア技術であるがゆえに、アプリケーション、サーバーOS、クライアントOS、ストレージ、ネットワーク、各種仮想化技術などの相応の理解と経験が求められる。
シンクライアントは本当に多くの悲劇を生んできた技術だが、その一方で、成功例も数多い。悲劇の原因は技術にあるのではなく、それを扱う人にある。技術の長所と短所を理解し、対象となるアプリケーションの適不適を見極め、適切な資源配分を行うことが重要である。シンクライアント技術は、情報システム基盤がクラウド基盤へと移行する過渡期の技術に過ぎない。しかしながら、旧い情報システム資産をクラウド基盤上で維持、運用するためのカギとなる技術である。今回のブームが、再度、一過性のものに終わらぬよう願うばかりである。
一般社団法人みんなのクラウド 理事 松田利夫
略歴

松田 利夫(まつだ としお)
1947年10月、東京都八王子市生まれ。77年、慶應義塾大学工学研究科博士課程管理工学専攻単位取得後退学。東京理科大学理工学部情報科学科助手を経て、山梨学院大学経営情報学部助教授、教授を歴任。90年代に日本語ドメインサービス事業立上げ。以降、ASP、SaaS、クラウドの啓蒙団体設立に参加。現在、「一般社団法人 みんなのクラウド」の理事を務める。