広島市に本社を置くクラスイットは、主に首都圏のシステム開発案件を担っている。案件は首都圏のほうが多く、獲得しやすいというのが主な理由だ。ただ、広島市で首都圏の案件をこなすには、距離の問題が懸念されるため、一般的なニアショア開発では、人件費を首都圏よりも下げることに競争力を見出している。ところが、クラスイットでは首都圏と同等の人件費とし、価格競争には持ち込まない。なぜ、それが可能なのか。答えは、意外と単純だった。(取材・文/畔上文昭)
首都圏は営業の効率がいい

阿部文彦 代表取締役
(本人提供のアバター) 「地場の請け負い案件は数が限られるため、競合相手が多く、価格競争になってしまう。そこに小規模なSIerが入り込むのは難しい。また、地方では案件がみえていても、すぐに動き始めないことがある。広島では営業活動に1か月かかるようなことが、東京では2日くらいでできてしまう。営業活動の効率がまったく違う」と、クラスイットの阿部文彦・代表取締役は語る。同社が首都圏を中心に案件獲得へと動くのは、そのためだ。
首都圏で獲得した案件は、広島で開発する。いわゆる、ニアショアのスタイルである。ただ、「ニアショア的ではあるが、安く請け負うことはしない。人件費は首都圏と変わらない」というのが、阿部代表取締役の方針だ。問題は、首都圏と広島という距離を顧客がどう判断するかにある。一般的には、何かあったときに近くにいてくれた方がありがたい。広島の会社に発注するには、コストを抑えるか、技術力などの発注すべき理由を求めがちだ。
「しっかりした成果物を納品すれば、評価してもらえる。そこを狙うのが基本方針。営業をかけても、すぐには案件を獲得できないが、いつもの発注先が対応できないなどの理由で依頼がくるときがある。最初は小さな案件だとしても、成果物が確かなら、次へとつながっていく。確かに、最初は首都圏との距離を心配されがちだが、問い合わせに対し、すぐに回答すれば距離は関係ないことを理解していただける」(阿部代表取締役)。首都圏と同等の人件費に対しても、ユーザー企業は問題なく受け入れているという。
課題は将来に向けた人材の確保だ。「今後、エンジニアが余るようなことがあるかもしれないが、できるエンジニアは圧倒的に不足している。むやみに会社を大きくしようとは思わないが、将来を思うと、若手は育成していかなければならない。ところが、開発の現場は経験者を要求するため、若手が経験を積むための環境がなくなってきている」と、阿部代表取締役は危惧している。
クラウドシフトは時間が必要
クラスイットは今、戦略的にクラウドに取り組んでいる。必要とされるITをしっかり身につけておくというのが、その理由だ。
「以前はセキュリティなどを理由にクラウドを敬遠するユーザー企業が多かったが、最近は導入に向けた意欲が強くなってきている。また、マイクロソフトのクラウドへの取り組みにも、強い意欲を感じる。クラウドが中心の時代になるのは確実」と、阿部代表取締役は感じている。ただ、現状では導入コストがオンプレミスと大差ない状況のため、コスト以外のさまざまなメリットがあることを説明しても、クラウドが採用されることは少ないという。「多くのユーザー企業は“クラウドは安い”のイメージをもっている」と阿部代表取締役。とはいえ、次のシステム更新の時期には、クラウドへとシフトするのは間違いないとの判断。2016年5月には、マイクロソフトのコンピテンシー(Microsoft Silver Cloud Customer Relationship Managementコンピテンシー)を取得した。
「コンピテンシーを取得するまでに、2年ほどかかった。どうシステムを構築するべきか、どう運用するべきか、ようやくクラウドの考え方がわかってきたと感じている。クラウドへと簡単にシフトできる人もいるだろうが、やはり、オンプレミスに取り組んできたSIerは、クラウドへシフトしにくいのではないか。オンプレミスでは自分でコントロールできたものが、クラウドではやるべきタスクがみえにくく、正解かどうかの判断が難しいときがある」と、クラウドに慣れるまでに約2年かかった理由を阿部代表取締役は説明する。また、システム開発の終わりがわかりにくいとも感じるという。多くのSIerも同様の課題を抱えていると考えられるため、コンピテンシーを取得したことの意義は大きい。
現在、同社の売り上げにクラウドが占める割合は5%以下とのことだが、コンピテンシーを取得した影響もあって、「Office 365」や「Microsoft Azure」関連の問い合わせがきているという。「やはり、クラウドは避けて通れない。オンプレミスはなくならないという論調もあるが、いまある環境はいずれ入手できなくなるのではないか。それからでは遅い」(阿部代表取締役)。クラウドへのシフトをきっかけとして、首都圏を中心としていた営業活動を全国へと広げていくことも構想している。