良好な受注環境が続いている組み込みソフト開発市場だが、その内訳をみると「明暗が分かれる危険性がある」と、コミュニケーション・テクノロジーの松本浩樹・代表取締役は指摘する。その背景の一つには、仕事は増えてもエンジニア一人当たりの利益は高まらず「貧乏暇なし」の状況に陥りがちであること。もう一つは、アプリケーション開発の比率が高まり「名ばかり組み込み」になるリスクだ。組み込みソフトベンダーとしての強みを生かす取り組みが、これまで以上に求められている。(取材・文/安藤章司)
Company Data
会社名 コミュニケーション・テクノロジー
所在地 京都市下京区
設立 1994年4月
資本金 1000万円
従業員数 グループ全体で約20人
事業概要 組み込みソフト開発を強みとするSIerで、代表取締役の松本浩樹氏は業界団体の組込みシステム技術協会(JASA)副会長を務めている。2019年1月をめどにグループ会社のアプライド・テクノロジーと経営統合し、社名をCommunication Technologiesに変更。松本氏はオーナー兼経営者を務め、現取締役の勝見哲也氏が新社長に就任する予定。
URL:http://www.tecel.jp/
受注環境は良好だが、リスクも拡大
松本浩樹
代表取締役
IoTを支えるエッジコンピューティングや車載システム、航空宇宙/ロボットと、組み込みソフト開発の需要は底堅いものがある。一見すると明るい将来が思い描ける市場だが、「危うい側面もある」と、コミュニケーション・テクノロジー代表取締役で、組込みシステム技術協会(JASA)副会長兼近畿支部長を務める松本浩樹氏は、危機感を抱いている。
松本代表取締役は、組み込みソフト開発ベンダーの明暗を左右しかねない要素として、「エンジニア一人当たりの利益」「非組み込み領域の拡大」を挙げる。その一方、明るい要素は、「エッジコンピューティング市場の立ち上がり」や「車載システムの需要増」など数多く、上手に経営の舵取りをしていくことで、「組み込みソフト開発のビジネスを一段と伸ばすことが十分に可能だ」とみている。
技術者一人当たりの利益の阻害リスクとして挙げられるのが、人月単価による受注方式だ。組み込みソフト開発ベンダーの顧客である完成品メーカーは、自身のビジネスが不調に陥ったり、経済が下降線をたどる時期には、開発/設備投資を抑制。組み込みソフト開発ベンダーを含む協力会社にはコスト削減を求める。仮にそのときに人月単価を2割下げたとしても、景況感が改善したのち「元の単価に戻すのは容易なことでなく、そのままの価格でずるずると取引が続いてしまうことも珍しくない」という。
折しも就労人口の減少などで人手不足感が強まっている中、収益力が十分でないと、技術者に満足な報酬を支払うことは難しい。結果として技術者の数を維持できず、売り上げも伸び悩むことになりかねない。
改善するには、まずはメーカーとともに、より価値の高い商品を作り、そこで得られた利益を、組み込みソフト開発ベンダーにも還元してもらうよう働きかけることだ。現状では需給関係で人月単価が決まる傾向にあり、完成品でいくら儲けたかは「あまり関係ない」商慣習が続いている。それでは、技術者のモチベーションも高まらず、生産性を高めたり、利益率を改善する動きも起こりにくい。仕事はあるがあまり儲からない「貧乏暇なし」の状況からの脱却が急務だと、松本代表取締役は考えている。
組み込みとアプリの相反する関係
もう一つ注意しなければならないのが、「非組み込み領域の拡大」だという。電子機器に組み込まれるCPUの性能向上やメモリー容量の増大によって、ソフトウェアも従来型の組み込みソフトに加えて、「アプリケーション層の比率が飛躍的に大きくなっている」と指摘する。
身近にある複写機やデジカメを見ても、「昔ながらの制御系ソフトの比率は2割程度で、8割がアプリケーションが占める」と話す。組み込みソフト開発ベンダーの看板を掲げていても、内情をみると電子機器向けのアプリケーション開発の比率が多く占める“名ばかり組み込み”のベンダーも「垣間見られる」という。仕事として成り立っているので、それ自体は悪いことではないが、組み込みソフト開発ベンダーとしての強みを十分に生かせているかどうかという点には疑問符がつく。
自動車を例に挙げると、制御系システムはマイコンやリアルタイムOSをベースとした組み込みソフトによるものだが、常時ネットに接続するコネクテッドカーの機能や先進運転支援システム(ADAS)はLinuxに代表されるオープン系のアーキテクチャーの採用が進んでいる。
制御系は組み込みソフトのノウハウを生かせるが、それより上のレイヤーは、一般業務系のアプリケーションのアーキテクチャーと大差ない。一般のSIerからみて、参入障壁が低くなることは、組み込みソフト開発ベンダーとしての強みを生かしにくいことを意味しており、「有利な競争ができなくなるリスクが強まる」。コミュニケーション・テクノロジーでは、こうした状況を踏まえた上で、強みとする組み込みソフト技術を存分に生かし、収益力の大きいビジネスを展開していく方針だ。