政府や内閣府で2016年くらいから議論されてきた「Society5.0」には、最初からエッジ・コンピューティングの重要性が明記されていた。特にリアルタイム性と堅牢な稼働が要求される多くの設備では、遠隔地に存在するデータセンターで動作するクラウドの利用だけでは不十分との認識がその理由であった。
つまり、求められるのはオンプレのシステムとオフプレのクラウドシステムのハイブリッド型のシステムである。当然ながら、オンプレのシステムでも仮想マシンを用いたクラウドシステムの導入が推進され、ビジネスドメインに適した高速のデータベースが導入されることになる。さらにオンプレのシステムでは、遅延の問題とデータベースがシステム停止の原因になってしまう場合もあり、昔のキーワードで言えば、M2M(Machine-to-Machine)やP2P(Peer-to-Peer)での通信を用いたシステムが必要とされている。少し前のフォグ・コンピューティングやMQTT(Message Queuing Telemetry Transport)に代表されるようなPublisher-Subscriptionシステムと捉えることができる。
このような動きを加速させるかのように、「GAFA+M」と「BAT」と呼ばれるメガ・クラウド(あるいはハイパー・スケーラ)に対してデータ管理の問題が、にわかに指摘されている。すでにエンドユーザーは、メガ・クラウドのデータ管理に対して疑惑を抱き、そのサービス利用の是非を真剣に検討するようになりつつあるのではないだろうか。
IT産業はこれまで何度も「集中」と「分散」の振子を動かしてきた。完全な分散システムとして登場したWorld Wide Webシステムは、商用サービスの登場によって集中へと進化した。ファイル共有・配信サービス、P2Pシステムに代表される分散型システムがデータセンターに設置された大規模サービスサイトによる集中型システムへと発展し、さらにCDN(Contents Delivery Network)による分散システムへと進化した。その後、全てのサービスがGAFA+MとBATが運用するグローバルなクラウド基盤へと集約されてきた。
そして、今回、リアルタイム性と堅牢性を要求するIoTシステムのインターネットへの接続によって、グローバル規模での分散化へのうねりが発生してきているのではないだろうか。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江崎 浩
略歴

江崎 浩(えさき ひろし)
1963年生まれ、福岡県出身。87年、九州大学工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年4月、東芝に入社し、ATMネットワーク制御技術の研究に従事。98年10月、東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月より現職。WIDEプロジェクト代表。東大グリーンICTプロジェクト代表、MPLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。