視点

万博が映すつくりかけの未来

2025/07/09 09:00

週刊BCN 2025年07月07日vol.2066掲載

 5月中旬に大阪・関西万博へ行ってきた。今回の万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマを掲げている。今、この「未来社会」をつくること自体が、極めて困難な時代にある。AI、気候変動、パンデミック、国際情勢の急変 ーー 全てが予測困難で、今日の常識が明日には通用しない。そんな時代にあって、万博は何を見せ、何を問おうとしているのか。そのかぎの一つは、やはりITであると感じた。

 某シグネチャーパビリオンの関係者が、プロジェクトの進捗が遅れていることを問われ、「この変化の速い時代に、1年前から仕様書など書けるわけがない」と語っていたという。これは単なる建築上の問題を超えた、深い示唆を含んでいる。未来に向けたビジョンを固定化せず、変化に柔軟に対応しながら「動的にデザインしていく」ことこそ、今の時代の創造行為なのだ。ITとはまさに、その変化を内包しながら社会をつくっていく技術である。

 今回の万博では、多くのパビリオンでVRが駆使され、メタバース空間にもう一つの“仮想会場”を開く「バーチャル万博」も用意された。また、会場内の人流を可視化するセンサー技術の活用など、ITによるさまざまな試みが展開されている。

 だが、こうした技術の羅列だけでは本質は見えてこない。重要なのは、それらが「誰のために、どんな未来の感覚を届けるのか」という問いに貫かれているかどうかである。

 ITの最大の役割は、“社会の構造”そのものを変えることにある。移動手段を再定義し、医療や教育を遠隔化し、働き方や暮らし方の概念を揺さぶる。そして万博は、そうした社会変革を“体験”として可視化する場なのだ。言い換えれば、万博とは「未完成な未来」を、あえて他者と共有する装置なのかもしれない。

 変化の時代に求められるのは、完成された正解ではなく、仮説を持ち寄って対話する姿勢だ。「仕様書は書けない」という実感は、まさに今の社会が抱える不確実性を象徴している。そしてその不確実性に立ち向かうためにこそ、ITと人間が手を取り合って“未来の試作”を始める場として、万博はある。

 今回の万博で私たちは「誰かに用意された未来」を見たのではなく、「つくりかけの未来」に触れたのだろう。

 
サイバー大学 IT総合学部教授 勝 眞一郎
勝 眞一郎(かつ しんいちろう)
 1964年生まれ。奄美大島出身。中央大学大学院経済学研究科博士前期課程修了(経済学修士)。ヤンマーにおいて情報システム、経営企画、物流管理、開発設計など製造業業務全般を担当。2007年よりサイバー大学IT総合学部准教授、12年より現職。2025年より鹿児島大学大学院理工学研究科特任教授。総務省地域情報化アドバイザー、鹿児島県DX推進アドバイザー。「カレーで学ぶプロジェクトマネジメント」(デザインエッグ社)などの著書がある。
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