視点

テクノロジーに生かされる人類

2025/08/13 09:00

週刊BCN 2025年08月11日vol.2071掲載

 暑い。最高気温が35度以上となる猛暑日は日常となり、40度を超えて観測史上最高気温を更新する地点も続出している。筆者の仕事はほとんどが屋内だが、それでも冷房がなければとても業務が回るとは思えない気候である。屋外で社会機能の維持を支えている方々、そして電力の安定供給に携わる方々にはまったく頭の下がる思いである。

 エアコンを使わなかった高齢者が救急搬送されるといったニュースが毎日のように報じられ、もはや人類はエアコンなしではただ生きることさえできないのだと実感させられる。生命の維持を自らが生み出したテクノロジーに依存しているというのは恐ろしい状態に思えるが、実際には、私たちはずっと昔からそのような世界で生きている。

 人類にとって生命線となるテクノロジーの代表例が、100年以上前に発明され、化学肥料の原料となる窒素化合物(アンモニア)の大量生産を可能にした、ハーバー・ボッシュ法である。農作物の生育には窒素が欠かせないが、畑の土壌には外部から肥料を与えてやらないと、次第に窒素量が不足していってしまう。ハーバー・ボッシュ法は高温高圧下で水素と、ほぼ無限に存在する空気中の窒素を反応させることでアンモニアを得る方法で、その実用化によって大量の化学肥料を得た人類は、「空気からパンをつくる」とも言われるほど農作物の収穫量を増やすことに成功した。このテクノロジーなしに現在の世界人口を維持するのは不可能だ。

 金額の計算や書類の処理といった個別の作業を効率化するツールだったITも、現在では人類の社会的な活動そのものを維持する存在になりつつある。かつては、システム化した業務でも、障害に備えて紙ベースの緊急用業務フローを用意しておくのが当たり前だったが、デジタル技術ありきで生まれてきたビジネスではそれは不可能だ。ITが社会に提供する価値はずっと大きくなり、その分責任は重くなった。

 ハーバー・ボッシュ法は化学肥料の安定供給に寄与したが、アンモニアからは爆薬の原料である硝酸をつくることもできる。人類は農作物と同時に大量の砲弾を手に入れることになり、以降、戦争による破壊行為の苛烈さには拍車がかかった。以前も本稿で述べた通り、革新的なテクノロジーによる社会の変化は不可逆的であり、それが存在しなかった時代に戻ることはない。私たちはデジタル技術への依存を自覚したうえで、安全に使いこなすべく努める必要がある。

 
週刊BCN 編集長 日高 彰
日高 彰(ひだか あきら)
 1979年生まれ。愛知県名古屋市出身。PC情報誌のWebサイトで編集者を務めた後、独立しフリーランス記者となり、IT、エレクトロニクス、通信などの領域で取材・執筆活動を行う。2015年にBCNへ入社し、「週刊BCN」記者、リテールメディア(現「BCN+R」)記者を務める。本紙副編集長を経て、25年1月から現職。
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