IT業界の経営者の中には、製造業などで事業運営の経験を積んだ人も少なくない。そのような人に「ITビジネスの面白さは何ですか」と聞くと、資金や企業規模と市場に対する影響力とが必ずしも比例しないことや、競争がひっくり返るスピードの速さなどを挙げることが多い。
モノとしての製品の出荷数を増やすには、工場に多額の投資が必要だ。ファブレス形態の製造業も一般的にはなったが、それでも製品の数量や複雑さに応じたコストがかかる。最近はIT業界も、クラウド代やGPUサーバーなどの“原材料費”が高騰しているが、人や土地を確保するのに比べればまだスケール拡大はしやすい。
そして、リーダーがめまぐるしく変わるのもこの業界の特徴の一つだ。半導体、インターネット検索、そして業務用SaaSなど、この先ずっと首位を走り続けると思われていた圧倒的強者が、あっという間にその地位を失うことは珍しくない。これは、欧米の製造業が戦後に日本、そして現代は中国やインドに追われるといった産業サイクルとは異なり、IT企業が提供している製品やサービスの需要自体が縮小し、収益性の著しい低下や市場そのものの消滅といった結末を迎えるものである。
総じて、大企業や既存の産業構造に対して、小さな存在であってもテクノロジーをてこにして存在感を示すことが可能で、成功した者は驚くべきスピードで成長するという点が、IT産業のダイナミズムであると言えるだろう。
ただし今、ITが社会に示す存在感は、産業論の枠の中にとどまるものではなくなってきている。6月に米Anthropic(アンソロピック)が提供を開始した最新AIモデル「Fable 5」は、米国政府の輸出規制でリリースからわずか3日で公開停止となった。各国で、「外国政府の意向で止められるテクノロジーに依存するのは危険だ」という声が上がっている。日本国内でも、国産AI推進の圧力が高まるのは必至だ。
優れた技術やアイデアで巨大な勢力に勝負を挑んできたITが、いつの間にか国家戦略や安全保障を動かす側の勢力になっている。IT業界のダイナミズムは健在だが、その変化を以前のように無邪気な気持ちで眺めることは難しくなった。いつか、ITを純粋にビジネスとして語れた時代を懐かしく思う日が来るのかもしれない。
週刊BCN 編集長 日高 彰

日高 彰(ひだか あきら)
1979年生まれ。愛知県名古屋市出身。PC情報誌のWebサイトで編集者を務めた後、独立しフリーランス記者となり、IT、エレクトロニクス、通信などの領域で取材・執筆活動を行う。2015年にBCNへ入社し、「週刊BCN」記者、リテールメディア(現「BCN+R」)記者を務める。本紙副編集長を経て、25年1月から現職。