自社の成長に力を注ぐとともに、IT業界の発展に貢献してきた経営者たち。
役割を終え、退任の時を迎えた彼らは、どのような思いを抱いているのだろうか。
任期中の出来事などを振り返ってもらい、これまでに描いてきた軌跡をたどる。
2008年4月から弥生のトップとして経営のかじ取りをしてきた岡本浩一郎氏は、23年3月末で社長から退き、同4月1日付で同社の顧問に就いた。社長としての任期は当初の考えを大幅に超える15年。これまでの道のりを登山に例えて「ひたすら山を登り続けた」と振り返り、「転換点に縁があった」と語る。次世代にバトンを託し、社長としての仕事を終えた今、抱いているのは感謝の気持ちだけだ。
(取材・文/齋藤秀平)
平たんな場所は永遠にない
──社長としての役割が終わった今の気持ちを教えてください。
社長として15年、社員のほか、会計事務所を含めたパートナーと一緒に事業を展開してきました。顧問としてまだ弥生との関わりはありますが、いずれは退任するときがくるので、将来的に仲間と離れることを考えるとさびしさを感じます。それと同時に、ほっとした気持ちもあり、いろいろな思いがない交ぜになっています。
弥生 岡本浩一郎 顧問
(前代表取締役社長執行役員)
──15年、社長を務めることは考えていましたか。
社長として招へいされた際、当時の株主であった投資ファンドから「2、3年は逃げないでくれ」と言われていました。当然、逃げることは考えていませんでしたが、「2、3年は短いので、5年くらいはやらないといけないな」と思っていました。私は創業者ではなく、バトンを受け取った立場なので、次の方にバトンを渡すことも自分の仕事だと認識していました。過去には、創業者以外の人が長年、社長を続ける弊害のような話をブログで書いたこともありますが、なかなかタイミングがつかめませんでした。
──3月末を退任のタイミングとしたのはなぜでしょうか。
経営は山登りに似ています。バトンを渡すタイミングについては、山を登って少し平たんな所に出たときが適切だと考えていました。しかし、山を登ったら、また次の山が待ち構えています。平たんな場所は永遠になく、自分の考えは幻想に過ぎないと思うようになりました。だから坂道の途中であっても止まらざるを得ないわけです。23年は10月にインボイス制度が始まります。やらなければならないことはたくさんあり、大変な時期ではありますが、しっかりやれば成果が出るはずです。何が正解かは分かりませんし、そもそも正解はないかもしれませんが、3月末を退任のタイミングとして選択しました。
駆り立てる出来事が印象に
──任期中の印象的な出来事を挙げていただけますか。
楽しいことも、大変なことも、たくさんありました。ただ、振り返ってみると、おおむねいい思い出になっているので、全体としては楽しかったというのが正直な気持ちです。さまざまな思い出の中で、転換点の記憶は鮮明に残っています。例えば、社長に就任したての頃、少し規模の大きめのお客様に注力しようとして、うまくいかなかったことがありました。その後、コアなお客様である中小・零細企業に焦点を当て直した結果、徐々にいろいろなものが上向き始めました。事業についてはばっちりだと思っていましたが、新しいプレイヤーの登場を予言したところ、実際にクラウド会計ソフトベンダーが現れ、弥生としての対応を考えることが必要になりました。経営者は同じテンションで走り続けることはできません。テンションが下がることも当然ありますが、そうしたときに、自分を駆り立てる出来事があったことは印象的でした。
──社長としてやり残したことはありますか。
われわれのクラウドアプリケーションは、基本的に第2世代です。22年から「Amazon Web Services(AWS)」を基盤とする第3世代のアプリケーションの提供を開始しました。今後に向けたきっかけをつくったという意味で達成感はありますが、先が長いことを考えると、やり残したと思っています。基幹システムの切り替えなど、ほかにも挙げればいくつかありますが、全く手がついていないことはあまりなく、ある程度の道筋はつけられたと思っています。
インボイス制度は見届ける
──顧問の任期についてはどのように考えていますか。
インボイス制度が始まる10月1日までと考えています。制度の開始前に社長を退任しましたが、お客様やパートナーに対して約束していることが実現できるように、しっかりバックアップしていきます。デジタルインボイスが同日に影も形もみえないということではいけませんので、しっかりと動き出すところを見届けたいです。
──顧問を退任した後の予定は立てていますか。
今の段階では全くの白紙ですね。詳しいことはこれから考えますが、休みを取りつつ、22年に始めたAIの勉強に力を入れたいです。今まではあまり勉強に時間が割けませんでしたが、退任したら時間を使って、今のAIができること、できないことなどについて、しっかりと理解を深めたいと思っています。あと、趣味のトライアスロンは今後も続けるつもりです。これまでは関東圏の大会に出ていましたが、今後は石垣島(沖縄県)や海外の大会にも出てみたいです。
──社員やパートナーに対してのコメントをお願いします。
社長を退任してから皆さんといろいろな話をさせていただきましたが、「ありがとうございました」の言葉しかありません。これからも引き続き社会のデジタル化については関わっていきたいので、これまでの関係が一切なくなるのではなく、一人の友人としてお付き合いをしていただきたいです。