親しみを分け与える
「おはよう」「お世話になりました」などと普段から交わす言葉。その原点は、赤子の頃の母親にあるという。母親がお世話をする際、名前を呼んだり、優しい言葉で語りかけたりする。この無償の愛情が、のちの人生で繰り返す、あいさつの中にある気持ちの正体だと本書では思索されている。その実は礼儀作法以前に、親しみなのだ。
心を交わす役割のあいさつが、ないがしろにされているというのが著者の問題提起だ。他者に依存しているにもかかわらず、自身の利害関係にしか関心を示さなくなった現代社会に警鐘を鳴らしている。無関心や利己主義から離れ、親しみを分け与えようと提言。その出発点にあいさつが存在する。
主語を明記する近代英語の語法が浸透したとの論も補強されている。「誰が何をした」と客観的な視点が染みつくと、本来なら親しみを与えられるはずの相手との距離が広がってしまうとする。言語学者の金谷武洋氏が説いた英語の「神の視点」と日本語の「虫の視点」に詳しい。
確かにそうなのだろうと思ったが、では英語圏におけるあいさつはどんな意味を持っているのだろうか。この原稿を米国出張中に書きながら気になった。(潤)
『なぜ人は挨拶するのか』
鳥越覚生 著
筑摩書房 刊 990円(税込)