店頭流通

<ショールームを活用せよ>1 サムスン電子

2005/01/03 17:00

週刊BCN 2005年01月03日vol.1070掲載

 2005年を迎え、米国のIT市場はますます混沌としてきている。企業同士の合併・買収(M&A)は言うに及ばず、製造そのものから手を引こうとするところさえ出てくるようになった。もはやIT産業界を一言で表す言葉はない。しかし、そのなかにあってこそ、重要となるのがブランド戦略だ。そして、企業のイメージは一般消費者の目に触れる商品の印象に左右されることが多い。そこでこの連載では、米ニューヨークのマンハッタンエリアにあるIT企業のショールームを紹介していく。各企業は自社のメッセージをどのように消費者に訴えるのか。ショールームを通じて、IT市場の“今”を垣間見ることができる。(田中秀憲(ジャーナリスト)●取材/文)

ブランド力アップの中核拠点

■セントラルパークのすぐそば

 第1回はサムスン電子を紹介する。サムスン電子のショールームは、2004年に新しくオープンしたタイムワーナー・ビルに入居している。セントラルパークのすぐそばという最高のロケーションだ。このエリアは、日本の六本木ヒルズ(東京都港区)のような雰囲気。ブティックやレストランが軒を並べ、今やニューヨークの一大ランドマークとなっている。

 米国でのサムスン電子のイメージは急上昇中だ。携帯電話市場では高いシェアを誇り、普及価格帯の液晶テレビの品質は群を抜いているとの評価を得ている。従来、アジア企業の製品の魅力は低価格だけだった。しかし現在は、低価格でありながら高品質の製品を市場に投入している。その戦略の象徴が、このショールームである。

 ショールームのオープンは昨年9月21日。ここは、イメージアップを図るサムスン電子の拠点として位置づけられている。内装や展示方法からスタッフの顧客対応まで、非常に高レベルの水準を維持しようとしている。そのため、ショールームの営業は週5日(月曜と火曜は閉館)。ショールーム内では30人ほどのスタッフが黒いユニフォームに身を包み、途絶えることのない来客に対応している。

■広さはマンハッタン随一

 ショールームは約1万平方フィート(約929平方メートル)。とにかく広い。販売店を別にすれば、マンハッタン内にある各企業のショールームのなかで、その広さは随一だ。

 商品は多岐にわたる。携帯電話や液晶テレビは言うに及ばず、MP3プレイヤーやデジタルカメラなどサムスン電子が得意の商品から洗濯機などの家電まで幅広く展示。また、それぞれの展示スペースには非常に余裕があり、ゆっくりとソファにくつろぎながらAV(音響・映像)機器の視聴を行うことができる。

 ショールーム内の要所々々には広いデスクを置き、資料やサンプルを広げながらの商談も可能だ。正面中央に設置された特大の液晶モニタではサムスン電子のコマーシャルを流している。回転式の液晶パネルは同社の3D技術を駆使した工夫が凝らされている。

 また、このショールームがあるビルの1階フロアには展示スペースが設けられている。ここには同社のパソコンを置き、展示スペースを利用する他社へのサポートとして活用されている。

 サムスン電子は、このショールームを「サムスン電子の製品に触れることができると同時に、その未来をデモンストレーションする場」としている。商品を手にとって触るという一般のショールーム機能だけではなく、サムスン電子がいかに多方面にわたる製品を生み出している企業であるかが一目で分かる構成となっている。そのため、米国内では発売していない商品も目にすることができる。

 サムスン電子は米国でのイメージアップには積極的だ。このショールームのオープン以前から、タイムズスクエアでの巨大な液晶表示広告や、ラガーディア国際空港での広告展開、さらには韓国にある自社保有の美術館とニューヨークのグッゲンハイム美術館との共同イベントなどを行い、アジアのメーカーではなく世界的なIT企業であることをアピールしている。

■運営は専門業者に委託

 米国では、企業の広報活動やカスタマー・サポートの専門業社への委託は珍しくない。このショールームもコミュニケーション専門企業のクリエイティブ・コミュニケーション・アメリカ社が運営している。ショールームのロバート・ブラウン・ゼネラルマネージャー以下、すべてのスタッフはサムソンの社員ではない。

 ブラウン・ゼネラルマネージャーは、「このショールームの使命は、サムスン電子という企業をより多くの人に知ってもらい、その商品の素晴らしさを実感してもらうこと。そのために、このマンハッタンを選んだ。われわれはそのメリットを最大限に生かしていく」と話す。世界中から多くの人が集まるマンハッタンに立地するメリットを強調していた。

 米国では、IT分野の商品の売り上げはそのブランド力に負うところが大きいと言われており、広告宣伝は細心の注意が必要とされる。ブラウン・ゼネラルマネージャーは、「今やサムスン電子は世界のブランド。したがって、ニューヨークこそがブランド力アップにとって最適な街。そのうちに“なぜアジアの企業がマンハッタンにショールーム?”という質問さえ聞かれなくなるだろう」と語る。

 サムスン電子は00年以降、広告戦略を世界的規模の広告代理店に一任し、現在の地位を築くことに成功した。

■世界相手のマーケティング戦略

 サムスン電子は1938年の創立。スタート時は雑貨を日本に輸出する貿易会社だった。51年には社名をサムスン電子に変更。69年にはエレクトロニクス部門を創設し、74年にチップの製造に乗り出した。

 現在のサムスン電子は韓国有数の巨大コングロマリットで、IT分野以外にも自動車、不動産開発、小売業、金融などの分野に進出している。

 昨年12月6日、サムスン電子は半導体事業に今後6年間で約2兆5000億円の設備投資を行うと発表した。投資対象は、現時点で世界トップシェアを誇るメモリ事業だけではなく、携帯電話やAV機器向けのものも含まれるという。

 潤沢な資金力をもつ同社は、マーケティングの矛先をワールドワイドに合わせると見られている。いまだに価格競争力で優位に立てない日本の携帯電話機や液晶テレビ市場に大きな影響を与えることが確実視されている。

 そのスタートはアジアを拠点とした安価な労働力が魅力でしかなかったサムスン電子。しかし、今では世界中のIT大手が警戒する大企業となるまで登り詰めた。部品製造メーカーとしての顔と製品メーカーとしての2面性を維持しつつ、今後は高められたブランド力を糧に世界の第1人者へと飛躍を目指している。

 同社はすでに定評のある製造業としての地力もさることながら、世界的な視野をもつ経営陣によるマーケティング戦略面での評価も高く、今後は他の巨大なライバル、IBMやソニー、ヒューレット・パッカード(HP)などのように、IT分野の巨人として、製造分野以外での躍進も期待される。今最も勢いのあるIT企業の1つ、サムスン電子のショールームは、まさにその象徴ともいえるだろう。

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