セールスフォース・ジャパンは、AIエージェント機能群「Agentforce」の国内展開を加速させている。グローバルで次々に発表されるAgentforceの新機能を国内市場に対応させるとともに、パートナーとの協業でAgentforceのユースケースの拡大に力を注ぐ。AIエージェントを、企業がこれまでリソース不足により実現できなかった挑戦を後押しする「デジタル労働力」と位置付け、顧客への導入を進めている。
(取材・文/大畑直悠)
AIエージェントはすでに実装フェーズ
米Salesforce(セールスフォース)は2024年9月にAgentforceを発表して以降、25年1月の「Agentforce 2.0」、25年4月の「Agentforce 2dx」と急ピッチでアップデートを重ね、日本法人でも国内でのリリースを進めてきた。最新版となるAgentforce 2dxの「dx」には「developer experience(開発者体験)」の意味を込めており、AIエージェント活用の拡大を見据え、開発者向けに各エージェントを管理する機能などを追加している。
この間の進化について、Agentforceの国内へのローカライズや展開を担当するセールスフォース・ジャパン専務の三戸篤・製品統括本部統括本部長は「24年にAgentforceを発表してからAIエージェントでできることを拡大してきたが、Agentforce 2dxではAIエージェントのライフサイクルを管理し、つくったものがどう動作し、どう改善されるべきかが分かるツールの提供で本格的な活用を支える」と解説する。具体的には「Interaction Explorer」といった各AIエージェントのパフォーマンスを確認し、必要に応じて調整する機能を実装した。
三戸 篤 専務
Agentforce 2dxではこのほか、人間の指示を受けなくてもAIエージェントが自律的に動作する機能を用意した。ワークフロー機能と協調して、商談が特定のステージに至ったことを契機に、必要なメールを送信したり、承認プロセスを呼び出したりできるようになり、さまざまな業務プロセスの中へのAIエージェントの組み込みを可能とした。
国内でのビジネスの状況としては、すでにアフラック生命保険や富士通、人材サービスやマーケティング支援などを展開するギブリーなど、業種業態や企業規模を問わず幅広い企業の本番環境で稼働しており、すでにPoC(概念検証)の段階から実装フェーズに入っているという。AIエージェントの導入が進む背景としては、労働力不足の問題を挙げる。AIエージェントの導入で既存の業務を代替するというよりも、これまで人手が足りず実現できなかった対人コミュニケーションを伴う業務などを任せられるようになるとし、三戸専務は「例えば24時間365日のサポート体制の構築など、リソースの面でこれまで諦めてきたことをAIエージェントが実現する」と話す。
Agentforceで利用できるAIエージェントは、開発環境「Agent Builder」で顧客が構築したエージェントに加え、セールフォースが事前に機能を定義したものがある。同社は国内市場向けに提供する事前定義済みのAIエージェントの拡充を進めており、すぐに利用できるユースケースを顧客に提示することで、Agentforceの導入の加速につなげている。具体的にはコミュニケーションツール「Slack」、データ分析基盤「Tableau Next」、営業支援の「Sales Cloud」、カスタマーサポート支援の「Service Cloud」といった同社製品に対応するAIエージェントを国内で展開する。
同社の祖業である営業支援システム向けには、商談件数の増加を支援する「セールスディベロップメント」機能を提供し、AIエージェントがメールやチャットといった複数の接点を通じて見込み顧客に対し提案や質問への応答をこなし、商談化までを実行する。同社製品に蓄積した顧客データや営業データを活用したやり取りが可能で、多言語での文面の送受信にも対応する。営業リソースの限界から取り切れなかった顧客へのアプローチが可能になり、顧客の成長を後押しする。
Customer 360の成果を体現する
Agentforceの導入を推進することは、セールスフォースがこれまで展開してきた製品の導入や活用を加速することにもつながる。同社が推進する、さまざまなデータソースから集めた情報を一元的に管理・活用する仕組みの「Customer 360」によって行う、顧客体験の最適化をさまざまな場所でAIエージェントが体現するからだ。Customer 360のデータはAgentforceの能力を引き出す前提条件であり、AgentforceもCustomer 360によるデータの統合を進める意義を顧客に示す証左となる。
三戸専務はAgentforceが提供する価値について、「単にAIエージェントを構築することではなく、各エージェントがデータを活用して、画一的ではないパーソナライズされた回答や、ユーザー企業ごとの特性に合わせたアクションを実行可能にすることだ」と強調する。加えて、「当社のCRMの中のデータを使えるようにすることも重要だが、それだけでは足りない。社内のありとあらゆるデータをAIエージェントが活用できるようにして初めて、実際にAIエージェントが業務の遂行を担えるようになる」と説明する。
Customer 360を支える中核的な製品となるのが、分散した情報を集約するデータ統合基盤「Data Cloud」だ。Agentforceの活用においても、AIエージェントが各プロダクトに散らばったデータをData Cloud経由で一元的に活用できるようにする役割を果たす。Data Cloudには、「Google BigQuery」や「Snowflake」上のデータを、実データのコピーを必要とせずに連携できる機能なども備えており、AIエージェントがよりリアルタイムに近いデータを活用するための役割も果たす。三戸専務は「Dara Cloudは全ての中心になっているといっても過言ではない」とした上で、「Data Cloudを中心としたCustomer 360の構築を支援してきたパートナーにとっては、これまで培ってきたノウハウをそのままAgentforceのビジネスに応用できる」と訴える。
Data CloudとともにAgentforceのデータ活用を支えるのが、APIを活用したシステム連携基盤の「MuleSoft」だ。AIエージェントが実際にアクションを起こす際、セールスフォース製品の内外のシステムとも連携してAIエージェントのアクションをより高度化する。三戸専務は「単に顧客の質問に答えるだけではなく、要望に応じて注文情報の参照やキャンセルや配送情報の変更まで実行したり、基幹系のシステムと連携して従業員の人事情報を変更するなど、AIエージェントがシステムを横断した業務を遂行可能になる」という。AgentforceによるAIエージェントの活用領域を拡大する橋渡しを担うのがMuleSoftであり、全社的な業務最適化の中にAgentforceの活用を落とし込む役割を果たす。
パートナーとユースケースを創出する
パートナービジネスにおいても、Agentforceビジネスの加速を26年の注力領域に掲げている。国内ではすでに約50社がAgentforce関連の導入支援やSI、コンサルティングを提供しており、認定資格者は1400人を超えている。パートナーの育成に注力する方針で、Agentforceの国内市場への参入をパートナーと共に推進する専任組織を立ち上げたほか、トレーニングプログラムの充実を目指すとし、認定資格者を3000人に拡大する構えだ。加えて、パートナーによるAgentforceの提案をサポートするために、新規の商談を発掘するためのワークショップを開催する。提案資料も提供し、今後もコンテンツを拡充させる方針だ。
Agentforceのパートナーエコシステムを拡大する軸となる施策の一つが、4月に国内展開を発表したAgentforce関連アプリケーションのマーケットプレイス「AgentExchange」だ。パートナーがAgentforceを活用して構築したAIエージェントの型や、AIエージェントを組み込んだアプリを顧客に提供できるようになる。
AgentExchangeの発表に合わせて、パートナーが販売できるAIエージェントアプリの範囲も拡充した。パートナーは従来、メールの作成といったAIエージェントが実施する行動の最小単位「アクション」を組み合わせた上で、アクションを起こす際の禁止事項などを指示した「トピックス」の提供まで可能だったが、複数のトピックスをまとめた「テンプレート」をパートナーが販売できるようになった。ユースケースがより具体化されたアプリを提供できるようになる。
国内では26年までに20アプリをAgentExchangeに公開する目標を掲げる。すでにKDDIやオプロなどがAgentforceに対応アプリを公開しており、カナダOpenText(オープンテキスト)などがグローバルでリリース済みのアプリの日本市場へのローカライズを発表している。
このうちテラスカイはグループウェア「mitoco」の機能を活用し、社内の情報共有やスケジュール調整を支援する「mitoco Agent」と、セールフォース製品上で動作する会計システム「mitoco 会計」の機能やデータを呼び出せる「mitoco Agent 会計」の提供をAgenstExchange上で開始した。それぞれAIエージェントによりmitocoを活用した業務を効率化できるようになる。
浦野敦資 専務
セールスフォース・ジャパンでパートナービジネスを統括する専務の浦野敦資・アライアンス事業統括本部統括本部長は「Agentforceの活用を国内で拡大するためには、まずは当社製品の既存ユーザーにAIエージェントの価値を訴求することが重要だ。AgentExchangeを通してさまざまなAIエージェントに対応したアプリを提供しながらユースケースを拡大し、パートナーと共に価値を顧客に伝えていきたい」と意気込む。