葦はイネ科の多年草で、生命力の強い植物として知られる。5月頃に新芽を出し、3か月で3-4メートル近くまで成長する。成長が早いだけに多量の養分を必要とし、水質悪化の原因となるリンや窒素を大量に吸収して成長、さらに光合成により二酸化炭素(CO2)を吸収し酸素も放出しているという。このように優れた植物なのだが、伐採しないと冬には枯れて倒れ、せっかく吸収したリンや窒素を再び湖に戻してしまう。
1本の葦が2トンの水を浄化
水質悪化の元凶 リンなどを吸収
かつては、葦の用途は簀(よしず)や屋根など多様であり、需要は活発で、葦大臣が方々にいたといわれる。しかし、最近では葦の用途は減少し、低価格の中国産に席巻されるなど、需要は尻すぼみとなっていた。必然的に刈り取る人などいなくなり、立ち枯れるに任せるしかなくなってしまったのである。
このことに気づき、地元農家と葦の用途開拓を続けてきたのが、大阪でPR会社を経営する伴ピーアールの伴一郎社長である。
「環境」対策に鈍感な企業は21世紀を生き残れない──そんな声が高まるなか、「水と大気をきれいにする紙」が登場した。伴ピーアール(伴一郎社長)と大塚商会(大塚裕司社長)が、北越製紙の協力を得て開発した、琵琶湖の葦20%、ユーカリ75%、里山材5%を使用した紙「レイクパピルス20」である。名刺1枚に使われる葦の素材で、琵琶湖の水20リットルが浄化されるという。その背景には環境問題をめぐって、琵琶湖、大阪、そして大塚商会大塚実名誉会長を結ぶ強い連携があった。そして今、大塚会長の呼びかけに応じて、IT業界が琵琶湖の浄化運動に共鳴して動き始めた。
大塚商会
大塚名誉会長の提案にIT業界が結束
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偶然の出会いで大塚商会も参画 大塚商会が関与するようになったのは、大塚実名誉会長が伴社長と偶然出会ったことが契機になった。大塚名誉会長は、自然保護に深い関心を持ち、千葉県鴨川の大山千枚田の保全活動、日本橋川の再生活動などに関わりを持っている。
伴社長との出会いはこうだ。
「日本橋川の再生運動にかかわるようになって、大阪の道頓堀川が、あっという間に浄化されたことに関心を持った。そんな時、道頓堀川などを周遊する船があることを知り、社員を連れて借り切りで乗った」
それが伴ピーアール舟運事業部が道頓堀川の環境改善運動をアピールするために運営していた「水都リムジン」だった。
「道頓堀川の透明度の高さにビックリしながら、なぜこんなことが可能になったのかなど、船長に色々な質問をはじめた。音をあげたのか、そんなに関心があるなら、うちの社長に会うしかないよと船長が言い出した。ぜひ会わせて欲しいと頼んで名刺を渡しておいたら、その夜、私が泊まっていたホテルを訪ねてくれたのが伴さんだ。その時に聞いたのが、琵琶湖の葦で紙をつくることが湖水の浄化につながるという話だった」
大塚名誉会長はもともと琵琶湖とは縁が深い。近江舞子にホテル(琵琶レイクオーツカ)を持っているし、自然保護活動を始めてからは、湖西地区にある仰木の千枚田の保存について支援を頼まれたこともあったという。
そんな経緯もあり、琵琶湖の水質浄化に即座に関心を持った。伴社長と話を続けるうちに、レイクパピルスは事業としても有望だと思うようになった。
■葦の含有率高め、白さも追求 
「それで、自分でもいろいろと研究を進めた。当時、伴さんがやっていたのは、葦の含有率は10%だったが少し茶色っぽい。葦の含有率をもっと高めて、もっと白くできないかというのが最初に感じたことだった。専門家に聞いてみる必要があるなと思い、北越製紙に声をかけた。同社は、環境問題に熱心な企業と聞いていたからだ。伴さんのレイクパピルスの場合、繊維を取り出す工程は山梨県の山奥の工場で行っているというので、行ってみることにした。北越製紙の農学博士の肩書きを持つ社員も同行してくれて、じっくり見させてもらった。この工場訪問が転機になり、葦の含有率20%、白さを高めるという目標に向けて、一気に動き出した」
工場訪問は昨年の5月、1年ちょっと前の話だ。
「北越さんが本気になって研究してくれて、葦の含有率は20%で試作してもらったが、白さも十分なので、ビジネスとしてスタートすることにした。当初は、名刺や社内封筒などへの利用を想定している」──というのがこれまでのいきさつだ。
発売前に、何社かに声をかけたところ、NECフィールディング、エプソン販売、ヒガシ21、リコー販売などの各社が名刺への採用を決定した。
■超大手企業がまず関心示す 大塚商会では、カタログ・ウェブ通販事業を行っている「たのめーる」でも販売を開始したが、「手応えは十分」(高橋俊泰・取締役兼常務執行役員MRO事業部長)で、「特に超大手企業の関心が高い」という。
「リサイクル、省資源といった環境対策は待ったなしの課題だけに、超大手企業や官公庁がまず高い関心を示してくれる。外資系企業の場合は、本社のポリシーに縛られるところがあるためか、ちょっと動きは鈍いけれど、国産企業の場合、こういう紙ができたんですがと切り出すと、まずは会ってもらえる。8月には通販カタログにも掲載、普及に弾みをつけたい」というのが当面の方針だ。
リコー関西
琵琶湖の水がうまくなるならばと全面的に協力

「大阪に住んでいる人は、毎日、琵琶湖の水を飲んでいる。その琵琶湖の水がきれいになり、うまくなるのなら、こんなうれしい話はない。大塚商会さんからこの話を聞いた時、即座に協力することを決めた」と語るのはリコー関西の榊二朗社長である。
もともとリコーは、環境問題には熱心な取り組みを示してきた企業の一社で、桜井正光社長は「環境経営」を提唱している。受け身の「環境対応」からはじまり、地球市民としての使命感を持って取り組むようになった「環境保全」を経て、事業活動の環境負荷を積極的に低減しつつ、企業としての経済価値の創出を追求することにより、継続的な環境保全を目指すのが「環境経営」だと位置づけている。
そうした同社の姿勢を象徴しているのが、北区西天満に設置した広告塔である。「風力と太陽光のハイブリッド自家発電装置によって得た電力を蓄電、点灯する仕組みになっており、100%自然エネルギーを利用している」という。
レイクパピルス20は、「基本的には社員1200人の名刺に採用、その他の使い方が見えてくればそれも検討する」方針だ。
エプソン販売
新しいパピルスを生む 歴史づくりに参画したい 
「今年の年初、ある会合で大塚名誉会長と会った時、目を輝かせてレイクパピルスの話をされた。私も本社勤務の頃、諏訪湖に注ぐ川筋を通勤で歩いていたが、その河川敷に葦が密集して生えていたことを思い出しながら話を聞いた。もちろん、即座に協力を約束した」と語るのはエプソン販売の真道昌良社長だ。
エプソングループも環境問題には早くから取り組んできた。
「フロンやトリクロロエタンに害があることが分かり、その排除に取り組みだしたのは1988年だった。京都議定書が調印されたのは97年だから、いかに早かったかおわかりいただけると思う。その過程で開発した技術は無償で提供、指導もした。そうした努力が認められ、米国の環境保護庁からは何度か表彰されている。また、インドネシアでは、植林事業を10年以上続けて、世界規模で環境問題に取り組んでいる」と真道社長。
レイクパピルス20については、「いまは試験的導入の段階。まず営業マンに名刺として持たせているが、いずれは全社員に持たせるつもりだ。1400人なので、年間では40万枚は必要になるだろう。名刺だけでなく、紙そのものとしても関心を持っている」という。
「紙そのもの」とはどういう意味か。「これから、大塚さんに相談しようと思うが、たとえば葦100%にして、和紙のような紙ができれば、それはそれで新しい用途が生まれるだろう。プリンタメーカーとして、新しい紙が生まれることは大歓迎。紙は、エジプトのパピルスから発展してきたが、レイクパピルスにより、新しい紙の歴史づくりに参画したい」──真道社長の熱い思いが伝わってくる。
二人三脚で葦の事業化に着手
大阪と琵琶湖を結ぶ環境プロジェクト
琵琶湖の西岸では、年明けから湖岸に茂った葦の刈り取り作業が始まる。生育した葦の丈は長いもので3-4メートル、茎は根本の部分でおよそ直径1センチメートル。
その葦に湖水の浄化作用があると、学術的に証明したのは、ドイツの科学者だった。葦は水質を汚濁させる窒素とリンを養分として水中から吸収しながら生育する。したがって名刺1枚に使われる葦の分量で、およそ20リットルの水を浄化する働きがあるというのだ。
多年草である葦は冬になると枯れ始め、そのまま放置しておくと水中で腐食して、逆に水を汚染する。そのためにも毎年、生育した葦を刈り取ってやらなければならない。
「そうした葦の働きについては、昔から地元の人たちは経験的に知っていた。しかし、葦を刈り取るには当然人手が必要だし、刈り取った葦が商品として流通するというサイクルが必要だった」というのは、地元で葦の栽培と収穫を手がける西六商店の西川幸彦さん。
そうした時期に、西川さんを訪れたのが、伴ピーアールの伴一郎社長だった。今から6-7年前のことだ。
伴社長は、関西の有力なPR会社の経営者として、関西の政財界にも広い人脈をもつ人物。大阪の広報活動の一環として、天神祭の美化委員長、環境問題などの旗振り役を依頼されることも多かった。
そうした伴社長が琵琶湖に着目したのは、大阪を流れる淀川の源流だったからだ。「琵琶湖から流れ出た水は23時間で淀川の天神橋まで届く。川の浄化は、源流である琵琶湖全体の環境改善抜きには考えられない」と気づいたからだ。
ここから二人三脚での、葦の事業化プロジェクトが始まった。伴社長がプロデューサーとなり、西川さんが地元の葦農家をまとめて、栽培と刈り取りの供給体制をつくる。さまざまな試みのなかから生まれたのが、葦を10%混合させた用紙の「レイクパピルス」だった。伴さんの奔走で、地元の自治体などがレイクパピルスを使用した名刺を採用するなど、少しずつ葦の事業化プロジェクトは効果をあげ始めた。