財政負担軽減策の一環

　川崎市は、自ら設計したSOA（サービス指向アーキテクチャ）連携基盤システムをNTTデータと組んで普及させる。NTTデータに開発を委託したシステムで、プログラムの知的財産権は川崎市にある。NTTデータは商品として民間企業や自治体などへ売り込み、売り上げの一部はロイヤリティとして市に入る。これにより開発コストの一部を補てんし、財政負担の軽減を目指す。一般競争入札による激しい価格競争に打ち勝ってNTTデータが受注・開発した今回のシステムだが、“横展開”によって新たな収益拡大の道を切り開くという同社のしたたかな戦略も見え隠れする。（安藤章司●取材／文）

■費用回収の道筋つける

　川崎市は、SOA技術をベースにしたシステム連携基盤を今年初めに稼働させた。NTTデータに開発を委託したもので、知財は川崎市が所有する。

　システム単体の開発費用は約7000万円。NTTデータによる横展開が順調に進めば、川崎市はロイヤルティ収入によって約3年間で開発費の半分ほどを回収できる見通しを立てている。自治体が知財を所有するシステムを横展開するのは「社内でも異例のケース」（NTTデータの中島みどり・e－コミュニティ推進事業部SIグループ部長）というが、受注と並行して商品化の下準備を進めるなど、したたかな戦略もうかがえる。

　従来、ベンダーが開発したものをユーザーが使い、保守サービスも開発元のベンダーに依頼するのが一般的だった。自治体においても、次年度以降の保守サービスを開発元に継続発注するケースが少なくない。ベンダーは一般競争入札で“採算割れを覚悟”したとしても、運用や保守サービスの受注によって十分な採算をとることも可能だ。

　川崎市も例外ではなく、名だたる大手ベンダー製品を使い、保守サービスを開発元に依存することが多かった。ただ、これでは情報システムが増えるたびに維持費が膨らむ構造的な問題がある。ITの維持管理費が重くのしかかり、住民サービスを向上させるための戦略的な投資の足を引っ張る。

　この構造を打開するため、今回のSOA連携基盤では開発元のベンダーに囲い込まれる“ベンダーロック”を断ち切った。開発費や保守運用にかかる費用を削減したばかりか、手持ちの資産をベンダーに売ってもらうことで開発費用の一部回収の道筋をつけた。

■電子申請システムがきっかけに

　転機が訪れたのは電子申請システムの導入を検討した2004年だった。電子申請の項目は多岐にわたり、住民基本台帳や税、消防、港湾管理などさまざまな既存の基幹業務システムとのデータ連携を行わなければならない。項目を増やすたびに、基幹業務システムに手を加えていては予算がいくらあっても足りない。

　そこで目をつけたのがオープンな技術であるSOAをベースとした連携基盤の開発である。電子申請システムと基幹業務システムの間に共通的な連携基盤をかませることで、基幹業務システムに手を加えることなくデータ連携が可能になる。オープンな技術であればベンダーロックの解除にもつながり、一石二鳥だ。

　業者選定の際にいくつかの条件を提示した。まずは“開発元の協力がなくても維持・運用できる基盤システム”をつくることとし、このために“オープンな技術を使い、かつソースコードもオープンにする”ことを求めた。ベンダーが開発後の保守サービスの継続受注で安定収益を得るビジネスモデルは、この時点で成り立たなくなる。さらに“オープンソースソフトの知財は川崎市に帰属する”ことを付け加えた。

　開発と運用を分離することにより、「ベンダーロックを排除し、かつ当初の目的であるシステム連携を可能にする」（川崎市の栗原宏光・システム管理課主査）という斬新な試みだ。

　価格競争を促す一般競争入札を05年度に実施し、NTTデータが約7000万円で落札した。NTTデータは「調達仕様書から読み取れる範囲で見積もりを出した」（中島部長）と、採算ラインに乗っていることを示唆するが、戦略的な値づけをしたことは想像に難くない。その一方で同社は、「SOAベースの連携基盤は先進性があり、受注と並行して自社内で独自の研究に着手した」と、商品化に向けた下準備を進めていることを明らかにしている。

■民間企業から引き合い多数

　NTTデータは、06年度に入ってから川崎市に横展開の打診をした。

　川崎市では電子申請システムの導入を進める他の自治体にもSOA連携基盤を使ってもらい、モジュールやアプリケーションの共同開発を行うことで開発コストの軽減を目指していた。そのため、NTTデータによる横展開の申し入れを受け入れた。

　一方、NTTデータは自治体だけでなく民間企業にも売り込むことでビジネスの拡大を狙う。今年3月から販売を始めたところ、「民間企業からの引き合いが予想以上に強い」と、目論み通りの手応えを感じている。早い段階から商品化に向けた準備を進め、川崎市でのSOA連携基盤の稼働のタイミングに合わせて発売するなど、NTTデータは巧妙な戦術を打って出た。

　SOA連携基盤の運用については、川崎市の狙い通り、NTTデータ以外の会社に決まった。

　もし、NTTデータが商品化の準備を進めていなかったとしたら一過性の開発だけで終わっていただろう。新しいアーキテクチャの連携基盤だけに開発に当たっては、「予想以上に時間がかかった」のが実情だ。厳しい競争入札で打ち出した価格なので、下手をすれば赤字、利益が出たとしても決して多額ではなかったはずだ。

　NTTデータではシステム単体の価格を2500万円とし、今後3年間で10の企業や団体に売り込む計画を立てる。企業間の連携や自治体同士が連携する広域行政など幅広い分野に応用し、カスタマイズやシステム構築、保守運用サービスなどの関連ビジネスも受注していくことで売り上げを伸ばしていきたいとしている。

　今回の“川崎方式”は自治体特有のものではない。SOAなどオープンな技術は急速に進化しており、民間企業にも広がる可能性は十分にある。ベンダーロックを前提とした従来型のビジネスモデルは崩れ始めており、積極的な横展開など新たな収益モデルの構築が求められている。

【チャンスの芽】
・オープンソースソフトビジネスの原点は横展開にあり。
・発展性の見込める技術はカネを払ってでも取り込め。
・保守運用で利益を生み出す自治体ビジネスは成長が見込めない。