仮想化ソフトウェアのビジネスが急拡大している。設立から10年もたたない仮想化ソフト開発ベンダーのヴイエムウェアが今年8月に本国米国で株式を上場。時期をほぼ同じくしてソフト開発大手のシトリックス・システムズが有力仮想化ソフト開発ベンダーのゼンソースを買収すると発表し、サーバー仮想化市場への本格参入を表明した。来年には仮想化機能を搭載したマイクロソフトの次期OSが立ち上がる見込みで、仮想化プラットフォームを巡るシェア争いが一気に激しさを増す見通しだ。(安藤章司●取材/文)
ビジネスが急拡大
シェア争いが激化
広がる仮想化の“波”

ソフトウェアは“仮想化の歴史”だといっても過言ではない。
過去にさかのぼれば、メモリや記録ディスクのアドレスを厳密に計算に入れながらプログラムを組む必要があった。だが、現在ではOSやアプリケーションサーバーなどのミドルウェアの機能が飛躍的に向上。プログラマはハードウェアの細かな制約を意識することなく、自在にさまざまなソフトが組める。OSやミドルウェアによってハードウェアを“仮想化”したことによるところが大きい。
仮想化の波はとどまるところを知らず、これまで仮想環境をつくりだす役割を果たしていたOSやミドルウェアさえも“仮想化”の対象になってきた。これが今、急成長しているサーバー仮想化である。ハードウェア上に仮想化ソフトを入れることで、単一のハードウェア上で複数のOSを同時に動かせるようになる。

サーバー仮想化の技術そのものはメインフレーム時代からあるものだが、目的が大きく異なる。当時は高価なハードウェアリソースを少しでも有効活用するために仮想化を行っていた。だが、今の仮想化は無秩序に増え続ける安価なPCサーバーを統合し、効率よく運用管理することで維持コストを削減するのが主な狙いだ。
仮想化プラットフォーム上で動作するOSやミドルウェア、アプリケーションソフトといった、ひとまとまりのコンピュータシステムを「仮想マシン」と定義。仮想マシンは単一のハードウェア上で複数動作するが、それぞれのOSの種類やバージョンが違っていても構わない。また、仮想化ベンダーが提供する運用管理ツールによって別のハードウェアに簡単に移動させることもできる。ハードウェアやOSの制約を最小限に抑え込むことで、運用効率を大幅に高めているのだ。
急成長する新興ベンダー
米国では新興の仮想化ベンダーも相次いで登場している。代表的なのがソフト専業のヴイエムウェアとゼンソースだ。
ヴイエムウェアはベンチャー企業として1998年にスタートし、10年にも満たない2006年度(06年12月期)には売上高約7億ドル(800億円強)にまで急成長。今年度上半期の売上高は約5億5400万ドルに達しており、通期ではソフト開発大手の目安とされる“年商1ビリオン(10億)ドル”規模に成長する可能性も出てきた。

成長の可能性にいち早く目をつけたストレージ大手のEMCが、04年にヴイエムウェアに資本参加。今年は半導体大手のインテルが資本参加している。今年8月14日付で念願のニューヨーク証券取引所に株式を上場。仮想化ソフト専業ベンダーとしての急成長ぶりを印象づけた。EMCグループではあるが、「経営的には独立している」(米ヴイエムウェアのダイアン・グリーン社長)状態を維持しており、サーバーベンダーをはじめとするハードウェアベンダーと良好な関係を保っている。
ヴイエムウェアが突出して成長するのを目の当たりにした大手ソフトベンダーのシトリックス・システムズが、追撃の動きをみせた。今年8月、オープンソースソフト(OSS)方式によって仮想化ソフトを開発しているゼンソースを年内をめどに買収すると発表したのだ。買収金額は約5億ドル。仮想化ソフト市場への本格参入を果たすことになる。
9月に来日した米シトリックス・システムズのマーク・テンプルトン社長は、仮想化ソフト市場でヴイエムウェアが先行している事実を認めつつも、「市場は急拡大しており、大手ベンダーが参入しても十分な生存空間がある」と自信を示す。
有力ベンダーを買収へ

シトリックス・システムズがゼンソースの買収に乗り出したのは、いくつかの明確な理由がある。1つはシトリックスの本業が“アプリケーションソフトの仮想化”である点。ヴイエムウェアやゼンソースはともにサーバーの仮想化ベンダーであるものの、これらサーバー仮想化ソフトがつくりだす仮想マシンにはアプリケーションソフトが含まれる。いずれシトリックスの牙城であるアプリケーションソフトの仮想化で競合することは必至。今のうちに自らサーバー仮想化の領域で確固たる地位を確保したほうが戦略的に有利だとの判断があったと思われる。「サーバー仮想化の技術は当社のビジネスにとってコアコンピタンスであり、自社内で保有すべきもの」(テンプルトン社長)との姿勢を示している。
もう1つは、ゼンソースの仮想化ソフトはマイクロソフトが開発中の次期サーバーOS「Windows Server 2008」の仮想化基盤と互換性がある点。シトリックスはマイクロソフトのビジネスパートナーとして密接な連携を保っており、サーバー仮想化の領域でも、互換性を通じた連携のメリットを享受できると踏んだようだ。
シトリックスが主力としてきたアプリケーションソフトの仮想化は、シンクライアントを支えるインフラとしての役割を果たしてきた。従来、クライアントパソコン上で個別に動作していたアプリケーションソフトをサーバー側に集約。ネットワークを通じてアプリケーションソフトをクライアントにデリバリー(配信)する方式である。これによって維持管理にかかるコストや情報漏えいの防止に効果を発揮してきた。
サーバーからアプリケーションをデリバリーする基盤に関しては、パートナーであるマイクロソフトも実は同様のものを持っている。一見するとマイクロソフトとシトリックスは競合するかにみえるが、シトリックスはマイクロソフトのアプリケーションデリバリー基盤を巧みに利用して、ビジネスを伸ばしてきた。
自陣営か、それ以外か

仮想化の第一の目的は、運用管理コストの削減にある。これを実現するため、アプリケーションソフトの仮想化に関する多種多様な運用管理ツールを揃えているのがシトリックスだ。専業ベンダーとしての強みを存分に生かしたもので、これをマイクロソフトのプラットフォーム上で展開することで互いの価値を高める戦略をとってきた。
ゼンソースを買収することで、サーバー仮想化ソフトの領域でも、これまでのアプリケーションソフトの仮想化・デリバリーの事業と同様のビジネスモデルを実践するとしている。
具体的には、マイクロソフトとゼンソースの仮想化基盤は一定の互換性を保つ方針であり、シトリックスが今後開発に力を入れていくサーバー仮想化用の運用管理ツールを、マイクロソフト・ゼンソースのどちらの仮想化基盤でも適用できるようにする。さらにいえば、マイクロソフトの次期サーバーOSの仮想化ビジネスを支援し、使い勝手を向上させるプロダクトを積極的に出していくことで、従来にも増した強固な協業関係を実現するものとみられる。
サーバー仮想化市場は、「“シトリックス・マイクロソフト陣営か、それ以外か”で分けることができる」(シトリックス・システムズ・ジャパンの大古俊輔社長)とし、先行するヴイエムウェアを猛追していく構えだ。
シトリックスの今年度(07年12月期)の通期業績予想は13億6000万-13億7000万ドル。昨年度の11億3000万ドルに比べて2億ドル以上の売り上げ増を見込んでいることになる。
ゼンソースの買収が予定通り完了すれば、来年度はサーバー仮想化関連の売り上げがプラスされ、より一層の事業拡大につながっていく。
単純な仮想化にとどまらず

シトリックスはもともとクライアント用のアプリケーションのデリバリーに軸足を置いていたベンダーだ。しかし、今回のサーバー仮想化領域への参入によって、クライアントからサーバーまで全領域の仮想化ビジネスを展開できるようになる。「仮想化はコンピューティングを支える基盤をハードウェアからネットワークへと移し替える」とテンプルトン社長は見通しを語る。データセンターからクライアントまですべての領域で仮想化が進むことで、コンピュータシステムの存立基盤が根本から変わるというのだ。
対するヴイエムウェアも仮想化に対する基本戦略は共通するところが大きい。今年9月にはクライアントパソコンの仮想化ソフトの国内向け商材を強化。最新のクライアント用OSのWindows Vistaやマルチディスプレイモニター、USB2.0用のデバイスなどに対応するクライアントパソコン向けの仮想化ソフトである。
サーバーが格納されているデータセンターからユーザーが日常的に使うクライアント・デスクトップの仮想化に至るまで商材の幅を広げることで「ビジネスを拡大させていく」(ヴイエムウェア日本法人の三木泰雄社長)方針である。
当初は、無秩序に増え続けるPCサーバーを統合して運用管理コストの削減を図ろうとするニーズから火がついた仮想化ビジネス。ところが、わずか数年のうちにサーバーからクライアントまで仮想化の波が押し寄せてきた。
単なるサーバー統合ではなく、SaaS(Software as a Service)のようなネットワークを活用したオンデマンドコンピューティングを推進していくうえで欠かせない基盤技術であるとの見方が有力だ。すでに一部の先進的なSIerやISVのなかには仮想化やSaaSの技術を組み合わせた新しいオンデマンドサービスに踏み出す動きもある。 コンピューティング環境の大きな変化を巧みに利用したビジネスが花開く可能性は、予想以上に大きいようだ。(週刊BCN 2007年10月29日号掲載)