日本通運は、クラウド/SaaS型の顧客管理システム「Salesforce CRM」を導入する。営業担当者を中心に国内外約6000人が使うもので、国内物流業界では最大規模。2010年3月までに全員分を稼働させる。プロジェクトを受注したキヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)では、この実績をテコに同社のクラウド/SaaS型ビジネスに弾みをつける。日通はSalesforceに切り替えることにより同分野で年間約20%のシステム運用コストを削減するとともに、営業力向上を図る。
“あなたへの発注はあり得ない”
総合力を支える仕組みに弱点 日本通運の大きな強みの一つは、規模のメリットを生かした“総合力”である。ところが、この総合力を支えるITの仕組みに弱点を抱えていた。営業部門がそれぞれの目的でLotus Notesやサイボウズなど、複数のフロントオフィス系システムを導入。全社横断的な“情報共有力”を発揮しにくい構造になっていたのだ。日本通運の野口雄志・IT推進部長は、「個別最適でシステムを導入してしまったことは否めない」と、打ち明ける。

日本通運 野口雄志部長
そこで、目をつけたのがセールスフォース・ドットコムの「Salesforce CRM」を初めとするクラウド/SaaS型のシステムである。国内外に営業拠点をもつ日通にとって、国内でしか運用できないローカルシステムでは、総合力の発揮に結びつかない。多言語に対応し、かつ、「世界中どこからでも利用できる」(日本通運の穴田拓生・営業企画部主任)点を評価した。

日本通運 穴田拓生主任
また、ハードウェアやソフト資産を買い取り、自社内で運用する従来型のシステムと異なり、減価償却期間に縛られずに済む。償却が終わるまでの「4年なり、5年なりの間は、何があってもシステムを使わなければならないプレッシャーから解放される」(野口部長)メリットは大きい。外部環境の変化にも適応しやすい。
同じ価値観を共有できるのか 業者選定は慎重に進めた。日通自身は、クラウド/SaaSに対して、すでに利用価値を見出している。実装を担当するSIerと、はたして同じ価値観を共有できるかどうか──。今回のプロジェクトでは、原則としてプログラム開発は発生しない。Salesforceは、ユーザーインタフェース(UI)をプログラム開発なしで変更できる。ユーザーの情報システム部門がUIを制御することで、Salesforceの機能を取捨選択し、低コストでカスタマイズができる仕組み。一方、プログラム開発で事業を成り立たせてきたSIerにとってみれば、実にうまみが少ないプロジェクトなのだ。
受注を獲得したキヤノンMJは、このユーザーニーズを射止めることで、並み居る大手ライバルを蹴落とした。実は、キヤノンMJ自身、2008年春にSalesforceを全社的に採り入れ、クラウド/SaaSの恩恵を受けている。それだけに、ユーザー視点を理解しやすい。システムを活用し、売り上げや利益を伸ばすことがユーザーにとっての命題。これに対してSIerはとかくシステムの本稼働を“ゴール”に位置づけてしまう傾向がある。それでは「クラウド時代のニーズに応えられない」(キヤノンMJの市川修・流通サービス営業本部第三営業部長)と考える。
日通に同じ失敗はさせない 日通からは、(1)Salesforceありきではなく、当社の総合力強化に有効な提案をゼロベースでしてほしい、(2)なぜキヤノンMJへの発注が必要なのかを明確にしてほしい──この2点がクリアできなければ“あなたへの発注はあり得ない”と、強く念を押された。
対するキヤノンMJは、日通がグローバル規模で総合的な営業力強化を目指していること。システムの減価償却の期間に縛られることなく、迅速に環境変化に適応するには、クラウド/SaaSが適していると提案。かつ、キヤノンMJ自身がSalesforceを導入しており、その過程で「自身が経験した困難や失敗は、日通にはさせない」(キヤノンMJの市川部長)と、説いた。日通はキヤノンMJが蓄積してきたSalesforceの経験や知見を高く評価し、発注を決めた。

キヤノンMJ 市川修部長
スクラッチで開発する従来型のSI案件では、コンピュータメーカーやNTTデータなどが規模で勝る。この点、クラウド/SaaSは新しいアーキテクチャであり、「ライバル他社とスタートラインは同じ」(キヤノンMJの岸野浩一・ソリューションビジネス推進部長)とみる。クラウド/サービスビジネスをより伸ばしていくには、ユーザー認証や課金、文書管理、印刷といったサービス基盤の拡充を自らも急ぐ必要がある。Salesforceなど外部基盤だけに頼っていては、将来にわたっての他社との差別化は難しい。キヤノンMJでは、今後、こうしたサービス基盤への投資を加速。今回の日通の納入実績をテコとして、クラウドサービス分野におけるトップSIerの地位の早期確立を目指す。

キヤノンMJ 岸野浩一部長
事例のポイント
・ローカルシステムでは、グローバルでの総合力は発揮できない
・外部サービスの利用により“減価償却期間の束縛”から解放
・課題解決型の提案+自らの経験・知見を“価値化”して売る