日本IBM(橋本孝之社長)でITベンダーとの協業ビジネスを指揮する中核組織「パートナー&広域事業」部門が、中堅・中小企業(SMB)市場向け事業で新施策を展開する。パートナーのサービス・ソリューションの流通・再販モデル「サービス・オリエンテッド・パートナリング(SOP)」を新たに考案し、今春から本格的に開始する。ITベンダーが、日本IBM製のハードやソフトを使ってITサービスを企画・開発、販売する仕組みや支援体制をつくることで、パートナー網を増強。自社のハードとソフトの販売に結び付ける算段だ。
岩井執行役員率いるSMB事業部門が考案
「SOP」は、ITベンダーが日本IBM製品を活用して開発したクラウドに代表されるITサービスの流通・再販制度。2010年1月に新設された「パートナー&広域事業」部門が考案した。ITサービスの「企画」「開発」「販売」「保守サービス」などの各フェーズで役割を担うパートナーを新たに組織。SMBに強いパートナーのITサービスを支援することで、中堅・中小規模の企業に向けて自社のハードとソフトを拡販するのが狙いだ。
具体的には、日本IBMから製品を調達してサービスを開発する「ビジネスプロバイダ」と、アプリやミドルウェアを開発する「ソリューションベンダー」、それを再販する「サービス・インテグレータ/リセラー」と呼ぶパートナーを新たに募集して組織する(図参照)。
すでに「ビジネスプロバイダ」と「ソリューションベンダー」の合計で116社をパートナーとして獲得している。主なパートナーは、大塚商会やリコー、キヤノンマーケティングジャパン、ソフトバンクBB、ダイワボウ情報システム、ウイングアークテクノロジーズだ。
2月下旬に日本IBMの一部パートナーに向けて発表したが、交渉を活発化させ、4月には一部サービスの再販を開始。4~6月にはユーザー企業向けのSOPポータルサイトを開設し、6月~12月にはインセティブプログラムと表彰制度を設ける。目標は、年内に「ソリューションベンダー」と「ビジネスプロバイダ」合計で300社で、「サービス・インテグレータ/リセラー」は1000社以上と定めた。
IT産業が、ハード・ソフトの物販から、サービス提供にシフトしつつある状況の下、「SIerなどのパートナー企業もサービス事業への転換を模索している」(岩井淳文・執行役員パートナー&広域事業担当)。ただ、従来のSIビジネスとクラウドに代表されるITサービスでは、ビジネスモデルも、必要な技術も異なる。とくに、SMBをメインマーケットに据える多くのSIerは、従来型SIからITサービスへの転換ができずにいる。
日本IBMはこのSIerの課題に着眼し、今回の施策を打ち出すに至った。今後IT産業の主力になるであろうITサービスで、パートナーのサービス事業拡大を競合よりも手厚く支援すれば、現状の日本IBMパートナーとの関係を強化できる。それとともに、競合系列のSIerも新たにパートナーとして囲い込むことができると考えたのだ。
「パートナー&広域事業」部門の目的は、あくまでパートナーがITサービスを提供する際に必要なITインフラを構成するハードとソフトを提供すること。岩井執行役員は「日本IBMのサービスと、パートナーのサービスが競合・重複したケースがある。今後はそのようなことが決してないように、日本IBMはハードとソフトウェアの提供に徹する」と語っている。日本IBMがITサービスを直接ユーザー企業に提供するケースはあるが、それは従業員1000人以上の大企業向けビジネスの場合であり、パートナーが十分なサービスをもっていればSMBではハードとソフトの提供に焦点を絞っているわけだ。
SIerがパブリッククラウドサービスを提供するにしても、ユーザー企業に向けてプライベートクラウドを構築する場合でも、ハードやミドルウェアは必要になる。その時に、多くのSIerが日本IBM製品を活用する土壌を築こうとしているのだ。
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日本IBMが強気でいける理由は
クラウドに代表されるサービスは、従来型SIビジネスを脅かす存在ともいえ、いわば諸刃の剣。場合によってはハードやソフトの販売がマイナスに転じる可能性があり、メーカーにとっても脅威である。岩井淳文・執行役員も「(クラウド時代の到来は)リスクがある」と素直に認める。ただ、日本IBMは中堅・中小企業(SMB)市場に限っていえば、他社よりも強気でいける理由がある。それは皮肉にも、日本IBMはハードとソフトともにSMB市場でシェアが低いことだ。
競合他社に比べて、SMBマーケットでの日本IBMの地位は低い。だからこそ、従来型のSIビジネスを守るのではなく、サービスを切り口とした新たな施策でハードとソフトのシェアを伸ばす戦略を強気に推進できるのだ。「SMBマーケットでシェアを獲っているメーカーはそうはいかないはず」(岩井執行役員)。失うものは他社よりも少ない、というわけだ。
今回の「SOP」でも分かると思うが、岩井執行役員はSMB市場でのハードとソフトのシェア獲りにはパートナーの力が欠かせないと確信している。岩井執行役が率いていたパートナー事業部に、従業員1000人未満のSMBを担当する直販営業部門が統合して今年1月に「パートナー事業&広域事業」部門が誕生したのも、SMBにはチャネルの力が欠かせないと考えているからだ。
「理想は、従業員1000人未満の企業マーケットでは、直販比率をゼロにし、すべてパートナー経由で売れるようにすること」と岩井執行役員は断言。パートナーとの共栄によるビジネス推進に舵を切る。
低いシェアを逆手にとって、サービスを切り口にして徹底攻勢をかけ、パートナー網を増強することで、シェアを伸ばそうとしている。今回の「SOP」には、そんな日本IBMの戦略が込められている。(木村剛士)