電力供給の不安にSIerが翻弄されている。3月11日に発生した東日本大震災からこれまで、主要SIerは今夏の電力供給不足に備えて着々と準備を進めてきた。データセンター(DC)やオフィスの節電、重要データを西日本地区へ一時待避させる、在宅勤務に備えた情報システムの整備などに奔走する。その一方で、東京電力は今夏の電力供給量の見込みを段階的に上方修正しており、受給の逼迫感が徐々に緩まっているのも事実。電気は足りるのか、足りないのか、どっちなんだ──大手SIer幹部は、疑念と不安にいらだちを隠し切れない。(安藤章司)
SIer、節電と事業継続に奔走
国の電力需給緊急対策本部は、4月8日、電力の大口需要者に対して昼間の電力消費のピーク時間帯で25%減、小口でも20%程度の削減を行う目標を提示した。あまりに大幅な削減目標なので、情報サービス業界からは一斉に戸惑いの声があがった。日立ソリューションズで省エネを担当する臼見元恵・環境推進本部部長代理は、「震災直後の3月14日、月曜日、通勤電車の運休や大幅な間引き運転のせいで多くの社員が出社できず、節電のために全員定時で帰宅せざる得なかった。その日の当社本社ビルの電力消費ですら、前年同時期に比べて20%減に過ぎない」と、ハードルの高さに驚いた。
ところが、4月15日、東京電力は7月末の供給力の見通しを大幅に上方修正。4月下旬には今夏の最大電力需要の5500万kWの水準まで引き上げるという情報が流れた。大手SIerは、ここぞとばかりに「少なくともデータセンター(DC)の電力削減は無理」(ある大手メーカー系SIer幹部)、「通信設備は優先して電力供給を」(別のSIer幹部)などと、さまざまなルートを駆使して国と水面下の激しい交渉を続けている模様だ。
しかし、今夏の電力供給は決して楽観視できないという声もある。電力事情に詳しい野村総合研究所(NRI)の伊藤剛・上級コンサルタントは、「昨年並みの猛暑であったり、揚水発電機の夜間の揚水が十分でなかったりすると、昼間のピーク時電力に対応できなくなる」と指摘する。見通しはきわどいバランスの上に成り立っており、不安は払拭されていないというわけだ。
二転三転する状況のなかで、夏までに残された時間は実質2か月余り。猛暑でなかったら、渇水でなかったら、節電をうまく行えれば…というような「“たられば”を当てにするわけにはいかない」(有力SIerコムチュアの向浩一会長CEO)と、節電に向けて毅然とした姿勢で臨む動きも出ている。コムチュアはラック換算で約200ラック規模の中規模DCを都心に運営しているが、顧客から預かっているサーバーを中心に、より災害に強いDCへの移設を検討している。同社のDCは非常用発電機を備えているものの、「震災直後のような3~6時間の停電が、もし都心で連日のように実施されたらもたない」(同)と、万が一に備える。
SIerにとって、DCと同様、止められないのがシステム開発部門だ。ITホールディングスグループのクオリカは、首都圏に勤務する約600人の開発部隊や事務職を中心に、「在宅勤務やサテライトオフィスから開発基盤システムにアクセスできるように準備を進めている」(クラウドサービスを担当するクオリカの藤野哲・アウトソーシング事業部営業推進室主査)という。クオリカは、恒常的に稼働可能な自家発電設備をもつ特殊な500ラック規模のDC設備を北関東地区に設置している。2006年には開発基盤をこのDCに移して、09年にはユーザー企業向けのクラウド基盤「Qcloud」としてサービスを始めるなど、早くからDC活用型のシステム開発に取り組んできた。自宅パソコンからセキュリティを確保したうえで、リモートアクセスしたり、パソコン仮想化ソフトのVMware Viewを使って開発を継続することを想定している。
不安定な電力供給が続くなか、ユーザー企業の情報システムを守るのがSIerの使命だ。これはSIerの事業継続プラン(BCP)に直結することである。節電は待ったなしではあるものの、万が一、電力が途切れたときにも自らのビジネスとユーザーの情報システムを維持できる体制を今夏までに構築できるかどうかが問われている。
今夏の電力供給量(東京電力管内)見通しの推移
表層深層
キヤノンマーケティングジャパンの本社ビル「キヤノンSタワー」の節電に取り組み、電力消費を2010年末までの3年間で24.6%減らした同社の斉藤金弥・総務部品川総務課長は、「万が一に備えて、抜本的な対策を検討する必要がある」と、気を引き締める。震災直後のような大幅な電力不足が今夏、再び起こることになれば、「従来の延長線上での対処は難しくなる」からだ。
勤務体系の変更を模索する企業もある。社員の3分の1を自宅やサテライトオフィスで勤務させて、本社オフィスの3分の1の電気を完全に止めれば、理論上は30%余りの節電になる。コムチュアは、得意分野であるモバイルとクラウドサービスを活用し、「社員には、平日昼間は自宅やサテライトで仕事をこなすことも考えなければならない」(向浩一会長CEO)と、事業継続に向けた体制整備を進める。
気がかりなのは、福島第一原子力発電所の事故への風当たりがきつくて原発での十分な発電が期待できず、全国的に電力供給が不安定になることだ。NRIの福地学・上級コンサルタントは、「日本のエネルギー政策や原発の安全対策が定まるまで事態が長期化する」ことを懸念する。ITベンダーは、過去の震災やパンデミック(流行病)でのリスク管理の知見を最大限に生かし、電力不安のなかでも事業を継続して、日本の情報システムを保全することが求められている。有事に直面したとしても、決して「想定外」などと口走ることのないよう備えたいものだ。