組み込みソフトウェアは、電子機器の付加価値を高めるのに欠かせないキーコンポーネントである。スマートフォンや情報家電、自動車関連など、日本の製造業の競争力の一翼を担っている。だが、その製造業が主力製品の開発・生産拠点を海外へ移す比率を高めるにつれて、国内組み込みソフトの開発費は圧縮を余儀なくされつつある。組み込みソフトは製造業と表裏一体の関係にあるだけに、より一層のグローバル対応が強く求められている。(文/安藤章司)
figure 1 「開発規模」を読む
コスト削減とグローバル化への対応が必須
国内組み込みソフトウェアの開発規模は、2007年度の4兆2100億円をピークに右肩下がりの状況にある。原因は二つあって、一つは組み込みソフトは“開発費”に分類されるために、コスト削減の対象になること。もう一つは円高や経済のグローバル化で、開発・生産拠点の多くが海外へ移転していることが挙げられる。組み込みソフトの主要顧客である製造業ユーザーにとってみれば、組み込みソフト開発費を圧縮すれば、コスト競争力が高まり、ひいては収益力が向上する。コストが高止まりしている国内での製品開発・生産を海外へ移すのと同じ流れで、組み込みソフトも海外で開発するケースが増えている。
下図は2010年3月期までの国内組み込みソフトの開発費推移と、週刊BCN編集部が業界団体などへのヒアリングをもとに今後の推計イメージを示したものだ。主に日系製造業の組み込みソフトの開発規模は、2011年以降、徐々に回復傾向にあるものの、その伸びしろの部分は国内ではなく、むしろ海外へと移りつつある。
国内組み込みソフト開発費の推移と将来イメージ
figure 2 「中国における開発費」を読む
中国の組み込みソフトは15%増で成長
日本の製造業が多く進出している中国の組み込みソフト開発費は、急拡大している。2010年の中国のソフト・サービスの市場規模は前年比34.0%増の1兆3364億元(約16兆4200億円)と大幅に伸びており、うち組み込みソフトの構成比は16.8%で、実数では約2200億元(約2兆7000億円)を占める。中国の組み込みソフト開発費の伸び率は前年比は15.1%増と、ソフト・サービス全体の伸びに比べると低いものの、それでも中国のGDPの伸びを大幅に上回る勢いで成長している。
一方、国内をみると、製品の開発工程に特化する組み込みソフトの特性が裏目に出ている。例えば、業務向けの情報サービスでは、仮に開発工程を海外のオフショア開発会社に外注しても、国内でのシステム構築や運用アウトソーシング、次期システムのコンサルティングといったITライフサイクル全般に関わるビジネスの余地が大きい。この点、組み込みソフトは、開発工程が海外に移転すると、とたんに国内でのビジネスが厳しくなる。
中国のソフトウェアおよび情報サービス業の構成(2010年)
figure 3 「主要プレーヤー」を読む
独自パッケージ化で攻めの営業へ転換
組み込みソフトに強い主要SIerの業績は徐々に回復の兆しをみせている。独立系SIerで組み込みソフト開発に強い富士ソフトとコアは、2008年のリーマン・ショック直後、組み込みソフトの売り上げを大幅に落とした。だが、昨年度(11年3月期)にほぼ下げ止まり、今年度(12年3月期)以降、再び盛り返すとの感触を得ている。Android機をはじめとするスマートフォン・スマートデバイスの開発需要が高まっていることに加え、組み込みソフト関連の自社オリジナルのパッケージ製品の開発に努めていることが背景にある。
組み込みソフトの受託開発だけでは、受け身の営業であり、製造業ユーザーの開発ボリュームに業績が大きく左右されてしまう。このため、例えば富士ソフトでは、デジタルテレビやロボットテクノロジー(RT)分野において、コアはM2M技術を活用したスマートコミュニティシステムや、GPS(全地球測位システム)関連において、それぞれオリジナルのパッケージ製品化やサービスメニュー化を推進している。自前の技術を凝縮したソフトウェア製品をパッケージ化すれば、提案型の営業が可能になるだけでなく、海外メーカーに向けても売り込みやすくなる。もともと、日本の組み込みソフト技術には定評があり、国外での成長余地は大きい。
主要SIerの組み込みソフトセグメントの売上高推移
figure 4 「今後の課題」を読む
問われる組み込みソフトの国際競争力
組み込みソフトは、製造業と表裏一体の関係にあるので、本来なら製造業ユーザーとともに地球上のどこへでも行く覚悟が求められる。組み込みソフト開発支援団体のOpen Embedded Software Foundation(OESF)の三浦雅孝代表理事は「開発の現場に張りついてこそ、ユーザーが求める提案が可能になる」と、自らも会員とともに海外へ積極的に出向く。調査会社のガートナージャパンによれば、組み込みソフト開発の海外開発に関して、大手製造業であればあるほど海外移転指向の強さがみられる。大手では「コア技術の開発以外は海外にも出す」と「国内外を問わず最適地に開発拠点を置く」を合計すると46%を超える。
だが、実際には国内有力組み込みソフト開発ベンダーのなかでも、製造業ユーザーを上回るスピードで海外進出ができているとはいい切れない。同時に、開発・生産拠点が多くあるアジア周辺国では、地場の組み込みソフトベンダーが着実に育ち、実力をつけつつある。組込みシステム技術協会の門田浩専務理事は、「これまで日本の組み込みソフトベンダーが培ってきた技術力は健在であり、このブランド力をいかにグローバルで生かしていくかが問われている」と、世界で勝ち続けられるかどうかが日本の組み込みソフト産業の発展を大きく左右すると話す。
組み込みソフト開発の海外開発拠点の展開方針(2010年度版)