大手SIerの東芝ソリューション(TSOL、河井信三社長)のグローバル事業が具体化してきた。中国大手SIerの東軟集団(Neusoft)との関係強化やASEANやインド進出に向けた市場調査など、矢継ぎ早に行動を起こしている。河井社長は「近い将来、海外売上高比率を10%に引き上げたい」と、これまで蓄えていた力を一気に放つかのごとく海外ビジネス立ち上げへと舵を切る。NTTデータなど、ライバル大手SIerに比べて海外ビジネスで出遅れた感は否めないが、「アジア新興国を中心に、シェアを十分確保できる」(河井社長)と、キャッチアップに全力を注ぐ構えだ。
TSOLが海外進出の第一歩を踏み出した先は、アジア最大の市場規模を誇る中国だ。今年7月、中国大手SIerの東軟集団(Neusoft、劉積仁・董事長兼CEO)との合弁会社をNeusoftの本社がある瀋陽に設立した。Neusoftとは海外オフショアソフト開発を中心に15年余りにわたって協業関係にある深い間柄だが、中国市場をターゲットとして本格的に協業するのは今回が初めて。
Neusoftは日本の有力SIerやITベンダーと良好な関係にあり、TSOLとの合弁会社よりも一足早いタイミングでNECとの合弁会社を大連で立ち上げている。業界関係者のなかには、「NeusoftがNECと先に手を組んだのは、TSOLを提携交渉の場に引き出すための揺さぶりでは?」(日本の大手SIer幹部)との憶測が飛び交うほどだった。この点について、Neusoftの劉積仁・董事長兼CEOは、「TSOLのグローバル進出は(東芝本体の)佐々木(則夫)社長の強い意志と、(今年1月にTSOLトップに就いた)河井社長の強力なリーダーシップによるもの。当社は東芝グループをはじめ、NECや富士通、日立など有力ベンダーと幅広く良好で密接な関係にある」と、複数の日系トップベンダーとの関係強化を重視する同社のしたたかな戦略が見え隠れする。
TSOLは東芝本体のバックアップを得ながら、グローバル進出へと大きく舵を切る一環として、今回のNeusoftとの合弁事業に乗り出した。Neusoftが中国主要都市に展開する拠点を活用して、まずは日系企業や東芝グループの顧客を開拓する。次の段階で双方がもつITソリューションを組み合わせたり、クラウド対応の最新鋭データセンター(DC)リソースの確保。TSOLでは、今秋からASEANやインド進出に向けた市場調査などにも踏み出す。
河井社長は、「(Neusoftの)劉董事長には、合弁会社のビジネスをもっとスピードアップさせようと常日頃から語りかけている」と、ロケットスタートを目指す。河井社長のイメージでは中国・ASEANを中心として早い段階で年商の約10%、TSOLが年商3000億円クラスのSIerであることから、単純計算で300億円の海外売上高を視野に入れる。
対する劉董事長は、東芝グループのグローバルネットワークに期待を寄せる。昨年度(2010年12月期)の連結売上高のうち海外向けビジネスの構成比は約30%を占めるが、これを向こう10年のビジネスプランで「60%にまで拡大させる」(劉董事長)との意気込みを示す。1991年創業の若いNeusoftからみれば、東芝やNECグループはグローバル展開で先行する。中国の巨大市場で両グループへの協力を惜しまない代わりに、両グループが世界でもつネットワークを最大限に生かす「ギブ・アンド・テイク」の協業関係へと発展させていく狙いもある。
NECは、クラウド指向データセンター(CODC)を世界五大陸へ展開する準備を急ピッチで進めており、最初のCODCをNeusoftとの合弁会社「NEC東軟信息技術」で運営する。同社の尹健総経理は、「CODCを五大陸へ展開することは劉董事長も承知済み」と、NECが世界展開を進めるクラウド指向DC事業の一翼をNeusoftと担うと話す。
中国のトップSIerから世界のトップSIerを目指す野心的なNeusoftと、中国におけるITソリューションビジネスを何とか軌道に乗せたいTOSLとNEC。一見すると“呉越同舟”のようにみえるが、お互いの強みを持ち寄り、真のグローバルビジネスの拡大に向けてどれだけベクトルを合わせられるかが焦点となる。

左から時計回りでTSOLの河井信三社長、東軟集団の劉積仁・董事長兼CEO、NEC東軟信息技術の尹健総経理。背景は東軟集団の大連事業所
表層深層
TSOLは、日本のトップSIerグループを構成する“年商3000億円プレーヤー”の一角を占める。Neusoftの昨年度(2010年12月期)連結売上高は前年度比18%増の49億3700億元(約600億円)、社員数は約1万8000人。日中間でおよそ5倍ほどあるとみられる物価の違いを考慮すれば、Neusoftは、日本でいうところの“3000億円プレーヤー”に相当する中国トップSIerだ。TSOLとNeusoftがともにグローバルを目指すのは、同じような規模感に達したSIer同士、世界を舞台に手を組む構図だといえよう。
TSOLはバックに東芝グループが控えている。中国だけをみても、東芝グループは約70の事業所を展開する大所帯。Neusoftからみれば東芝グループはグローバル進出で先行している。一方、Neusoftのグローバル進出するうえでの強みの一つに、貨幣価値の違いからくる優位性がある。同じITソリューションを日欧米で現地の物価に近い価格で売れば、人民元に換算した場合の売上高は大幅に増える。ドルに対する円の相場が現在よりも遥かに安かった高度経済成長時代に、日本も同様の利益を享受した。
だが、人民元の相場は徐々に上昇し、中国の人件費も高騰している。TSOLがグローバル進出を焦るのと同様、Neusoftに残された時間もまた少ない。もう片方の合弁パートナーであるNECも含めて、事業拡大のスピードをより一段と早めていく必要がある。(安藤章司)