日立製作所は、統合システム運用管理「JP1」で、中国における認定技術者の育成に力を入れている。現地法人やビジネスパートナー、ユーザー企業の情報システム部門などで認定技術者を増やしていくのと並行して、上海の復旦大学大学院の実践教育ツールとしても教員や学生に「JP1」を使ってもらい、技術者のすそ野を広げる取り組みにも積極的だ。日立製作所の主力ミドルウェア製品の一つである「JP1」を、復旦大学ではどのように活用しているのか、現場の教員や学生に取材した。(取材・文/安藤章司)

写真左から復旦大学の呂智慧博士と葉家先生
大学のカリキュラムに採用
日立製作所は「JP1」の世界展開を急ピッチで進めており、中国では10年近くをかけて販売網の整備や技術者や営業員の育成に力を入れてきた。構築や運用に携わる認定技術者や、専門知識をもつセールスエンジニアによる手厚いサービス・サポートがユーザー企業から高い評価を得て、さらに多くのユーザーへの「JP1」の納入が進む好循環を形成しつつある。
こうした動きを踏まえて、中国でトップクラスの頭脳を輩出している復旦大学が大学院のシステム運用管理カリキュラムの実践教育部分に「JP1」を採用。カリキュラムを担当した復旦大学計算機科学技術学院の呂智慧博士は、「理論だけでなく、実践的な部分も採り入れたい」として、実際に商品化されているシステム運用管理ソフトを学生の実践教育ツールとして活用することを決めた。
復旦大学がシステム運用管理の教育・研究に取り組む背景には、中国の情報システムが急速に大規模化、高度化していることがある。中国軟件行業協会(CSIA)によれば、2010年の中国ソフトウェアや情報サービス業の売上規模は、前年比34.0%増の1兆3364億元(約16兆4200億円)に到達。すでに日本を追い抜き、米国やEUに次ぐ世界第3位の市場に成長した。2011年も昨年同様の高い伸び率になる見込みではあるものの、呂博士は「市場の成長に人材の育成が追いついていない」と、危惧する。
高度に情報化する中国の社会インフラや企業経営には、統合的にシステムを運用管理する仕組みが欠かせない。情報サービスの市場が年約30%で伸びている中国では、放置しておけば年に3割ずつエンジニアが不足することになりかねない。復旦大学では、さまざまなIT系のカリキュラムを組んで高度な人材育成に力を入れている。IT系カリキュラムのなかでシステム運用管理を学ぶケースは多いものの、復旦大学では他校に先駆けて分散環境のシステム運用管理専門のカリキュラムを設けた。
IT研究の最先端担う復旦大学
 |
| JP1認定資格取得者の一人である計算機科学技術学院学生の周宇さん |
システム運用管理の専門カリキュラムは、主に三つの部分から構成されている。一つ目は理論や知識体系、二つ目は「JP1」をはじめとするシステム運用管理の現場で使われているシステム運用管理ソフトを使っての実践教育、三つ目は今後のシステム運用管理のあり方などを研究・議論するというものだ。
大学院のカリキュラムでは、システム運用管理に関する論文の作成など、技術や知識を学ぶとと同時に、「自らの研究活動を通じて、将来の発展に貢献する取り組みが求められる」と、カリキュラムを担当する葉家先生は話す。復旦大学は、中国のコンピュータサイエンス研究の一翼を担うポジションにあることから、システム運用管理の領域でも、より発展的な研究が求められている。
復旦大学のシステム運用管理カルキュラムの実践操作ツールとして「JP1」を選んだ理由の一つに、葉先生は「直感的で操作しやすい」ことを挙げる。システム運用管理では、日立製作所をはじめ世界の大手ITベンダーがそれぞれ独自のミドルウェアを開発している。葉先生は「複雑すぎず、かつ十分な性能や先進的な技術を実装している点を重視した」と、こうした条件に「JP1」が合致しているとともに、「サポート体制が充実している」ことに言及。日立製作所は、中国での「JP1」の技術者育成に力を入れており、教育機関に対するカリキュラム制作や研究活動への支援にも意欲的に取り組んでいる点も評価の対象とされた。
実際に日立製作所から「JP1」の提供を受け、カリキュラムの実践部分制作を通じて実感したのは、「自動化を実現するジョブ管理や、ITリソースを可視化するアベイラビリティ管理の優秀さ」(葉先生)だったという。カリキュラムは、より実践的な学習ができるよう、日立製作所の協力を得て、ジョブ管理やアベイラビリティ管理などに深く踏み込んだ学習内容に仕上げた。2010年9月から始まったカリキュラムは、大学院生9人が受講したが、その後に受験した「JP1」の技術認定試験には、9人全員が合格するなど、理論だけでなく、「JP1」を使いこなす実務面にも力を入れて学習していたことがうかがえる。
実際に実践ツールとして「JP1」を採り入れたシステム運用管理に関するカリキュラムを受講した計算機科学技術学院学生の周宇さんは、「JP1のインストールや使い方、システム運用管理の機能などを具体的に学ぶことができた」と、理論だけでなく、実践的なカリキュラムに満足したという。

復旦大学の正門(左)、計算機科学技術学院などが入る復旦大学の近代的な校舎(中)、上海市内にありながらも緑豊かな復旦大学のキャンパス(右)
クラウド運用のあり方を重視
呂博士は、「システム運用管理は、今、新たなフェーズに入っている」と話す。ユーザー企業の電算室にサーバーを並べる伝統的な情報システムのあり方から、ネットワーク上に仮想マシン(VM)を走らせるクラウドコンピューティングへの移行が急ピッチで進んでいるからだ。呂博士は、「システム運用管理の国際的な標準化団体である『DMTF(Distributed Management Task Force)』のホワイトペーパーでもクラウド時代のシステム運用管理のあり方の議論が進んでいる」として、復旦大学としてもクラウドコンピューティング環境のシステム運用管理の研究を積極的に進めていく方針を示した。
VMがベースとなるクラウドコンピューティングでは、サーバーやネットワーク、個々のアプリケーション群全体のリソース使用状況が複雑化し、手作業では事実上把握できないと指摘されている。仮想化ソフトベンダーは、VM管理のソフトを製品化しているものの、アプリケーションやネットワークも含めた統合的なシステム運用管理には、やはり「JP1」のようなシステム運用管理ソフトを活用することが、信頼性と性能確保に欠かせない要素となる。
中国の情報サービス市場は、ただ単に規模が大きくなるだけでなく、システムの活用レベルも飛躍的に高まっている。クラウドコンピューティングをはじめとする世界最高水準の技術を積極的に取り込み、中国経済の発展に役立てる。クラウドコンピューティングで質的変化を遂げ、なおかつ高度化、複雑化する情報システムは、すでに運用管理人員を動員すれば解決する問題ではなくなっている。呂博士は、「ジョブ管理やアベイラビリティ管理などの自動化と可視化は、技術者不足の解消だけでなく、人為的なミスを減らし、システムのダウンタイムを最小限にとどめる役割も担う」と考える。
社会システムや企業経営のなかで情報システムの重要性が高まるのに伴い、システム運用管理の果たす役割の重要性も増している。コンピュータサイエンスの最先端を走る復旦大学で「JP1」を実践操作ツールとした教育活動が活発化することは、すなわち、これまで日本が培ってきたシステム運用管理の技術が正しく評価され、中国経済の発展に役立つことにつながる。ひいては、日本のミドルウェア産業のグローバル化が促進され、より一層の成長に結びつくことが期待される。
世界の「JP1」技術者と連携強める
日立製作所 カリキュラム制作に協力 日立製作所の上海の拠点「日立信息系統(上海)」は、復旦大学の「JP1」を実践教育ツールとしたシステム運用管理カリキュラムの制作に全面的に協力してきた。日立信息系統の技術者は、「JP1」の技術者認定制度を積極的に活用し、かつグローバルの「JP1」技術者との交流にも取り組む。世界での活用が進む「JP1」のユーザー事例や運用ノウハウを、世界各国の認定技術者同士で共有することで、全体のレベルアップに役立てている。
復旦大学のカリキュラム制作に協力した日立信息系統の汪楠・軟件事業部技術本部華東技術部長は、「JP1の活用は、システム運用管理上の人為的なミスを減らすとともに、コンプライアンスの確保にも役立つことを重点的に提案した」と話す。つまり、システム運用管理は単純な運用の省力化が目的ではなく、重要な情報システムをセキュアに安定稼働させるうえで非常に重要な役割を果たすという点を、カリキュラム制作のポイントの一つに位置づけたという。
汪部長は、認定技術者であるとともに、JP1の認定講師の資格ももっており、この知見を復旦大学のカリキュラム制作支援にも役立てた。ユーザー企業だけでなく、協力関係にあるビジネスパートナーや教育機関からも「JP1」のサポートに定評があるのは、こうした認定技術者の制度が整備され、確かな技術力を身につけたエンジニアが数多く活躍していることが要因となっている。

日立信息系統(上海)の汪楠部長。両手にJP1の技術認定証書を掲げる