キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)グループでITソリューション事業を手がけるキヤノンMJアイティグループホールディングス(キヤノンMJ-ITHD、浅田和則社長)が、クラウドサービスで勝負を賭ける。今年10月、首都圏に開業予定の2300ラック相当規模の同社初となる第3世代データセンター(DC)を軸にサービス型事業の拡大を図り、SIerとしての競争力や収益力を格段に高める構えだ。しかし、大型DCの運営経験がライバルSIerに比べて不足しているという課題が行く手に横たわる。こうしたハンディを克服し、独自のビジネスモデルを打ち立てられるかどうかで成否が決まる。(安藤章司)
大手SIerによる首都圏の第3世代DCを巡っては、ITホールディングスグループのTISが3000ラック相当の御殿山DCを2011年4月に開業、今年5月には新日鉄ソリューションズが第5DCを竣工し、キヤノンMJ-ITHDと野村総合研究所(NRI)はほぼ同じタイミングでの開業準備を進める。
すでに激しい受注競争が繰り広げられており、渦中の1社であるTISの桑野徹社長は「御殿山DCは予定どおり受注の獲得が進んでいる」と堅調さをアピール。新日鉄ソリューションズグループで第5DC事業を担当するNSSLCサービスの林田栄一社長は、「ラック換算で約1300ラック相当の第5DCの5月1日の開業時には、すでに3分の1ほどの受注のめどがついている状態だ」と、確かな手応えを感じている。一方、キヤノンMJ-ITHDグループでITソリューション分野の中核事業会社であるキヤノンITソリューションズの高橋雅之・ITサービスマネジメント事業部長は「万全の体制で臨む」と、10月に開業予定の西東京DCに関して極めて慎重な姿勢を崩さない。
各社のDC事業に対する微妙な温度差は、大型DCの運営経験の違いが生み出している。TISや新日鉄ソリューションズは自社運営のDCノウハウが豊富であり、SI業界の優等生と評されるNRIに至っては、収益構造からみて本業はもはやSIではなく、DCを活用したサービス事業といっても過言ではない。キヤノンMJ-ITHDは500ラック規模の中規模DCの運用経験はあるものの、2300ラック相当は今回が初めて。西東京DCの事業目標は、同DC活用を主軸としたストック型ITサービス事業全体で2015年におよそ500億円の売り上げを目標に掲げるが、キヤノンMJグループ関係者からは「決して楽観視はしていない」との声も聞こえてくる。
しかし、追い風は吹いている。まず前述の大手ユーザー企業の基幹業務システムのクラウド化需要がいよいよ本格化する。キヤノンITSの高橋事業部長も「大規模案件のシステム運用サービスに取り組む」と重視している。もう一つは中堅・中小企業の客先設置(オンプレミス)型のサーバーのクラウドマイグレーション需要が、東日本大震災以降に高まってきたBCP(事業継続計画)も相まって高水準で推移していること。保有しているITシステムのリース切れのタイミングでマイグレーションに踏み切る可能性が高い。また、現在国内で稼働しているサーバーのうちおよそ6割が客先設置(オンプレミス)型であるといわれ、この少なからぬ部分が2015年7月に延長サポートが終了する予定の「Windows Server 2003」が占める。つまり、向こう3年の間はクラウド移行ニーズが続くと期待されている。
とはいえ、ライバル他社にも同様の追い風が吹いているわけで、キヤノンMJ-ITHDにとって決定的な有利条件とはならない。そこで狙うのがプリンタやデジタルカメラなどのキヤノン製デバイスとの連携や、世界のキヤノン販社とのサービス連携による差異化である。キヤノンMJの営業範囲は国内に限られているが、キヤノンMJ-ITHDが手がけるITソリューション事業に関してはグローバル事業の積極展開を掲げる。キヤノンデバイス連携やキヤノンのグローバルなネットワークは、ライバルSIerにはない強みであり、この経営リソースをフルに生かせるかどうかがキヤノンMJ-ITHDの第3世代DCビジネスの成否を大きく左右する。

キヤノンMJグループのクラウドビジネス全体戦略イメージ
表層深層
高コストで電力事情も芳しくない首都圏に大手SIerが大型DCを相次いで開業する要因として、遅れていた大手ユーザー企業の大規模基幹システムのクラウド化需要が挙げられる。ミッションクリティカルな基幹系システムになればなるほど、極めて信頼性が高く、いざとなったら這ってでもDCに辿り着いて復旧に取りかかることができる首都圏の立地が欠かせない。
なかでも第3世代DCは、ラックあたりの電源最大供給量は15~20kVA、1m2あたりの床荷重は1.5t以上というハイスペックが求められる。仮想マシン化によるハードウェアの高集積化がラック当たりの集積度を飛躍的に高めているからだ。第2世代までのDCの電源はせいぜい最大4~6kVA、床荷重0.5t程度であったことを考えれば、隔世の感がある。さらに、電力事情のひっ迫でDC用の特別高圧電力の契約が東京電力と思うように進まないという事情もあり、「2013年以降は、大手SIerが首都圏に大型DCを新設する計画は当社の調査範囲内では存在しない」(NSSLCサービスの林田栄一社長)という状況にある。
キヤノンMJ-ITHDは、確実な需要が見込める第3世代DCのビジネスを見越して、実は西東京DCのすぐ横にほぼ同じ規模のDCが建設できる土地をすでに確保している。キヤノングループならではの特色あるビジネスモデルを打ち立てることで、今年10月に竣工する分を合わせて将来的に4500ラック余りの規模へ拡張の余地をしたたかに残しているのだ。