今年5月に日本IBMのトップに就任したマーティン・イェッター社長が、同社の組織を“グローバル化”しようとしていることが明らかになった。イェッター社長は、米国本社をはじめ、全世界のIBMの人材リソースを活用して、日本IBMの重要なポストに海外の優秀な人材を配置する施策を進めている。こうした取り組みによって、日本IBMと他国IBMとの連携を強化し、グローバル規模でインテグレーション案件に対応できる体制をつくる。世界で事業を展開している日本の大手顧客向けビジネスの強化を図り、日本IBMのここ数年の売上減少に歯止めをかける狙いがある。(ゼンフ ミシャ)

日本IBM
マーティン・イェッター
社長 イェッター社長は、9月11日、就任して初めての記者会見を開き、事業方針の主だった内容を語るほか、報道陣の質問に答えた。会見は、イェッター社長のほか、米IBMでソフトウェア事業を統括するマイク・ローディン シニアバイスプレジデントなど、本社の重要人物4人がプレゼンテーションを行い、日本IBMには珍しく「外資系色」を前面に押し出したイベントだった。
日本IBMはイェッター社長の下、需要拡大が見込まれているビジネス・アナリティクス(業務の分析・効率化)や業種特化型ソリューション、垂直統合型システム「PureSystems」などを主な商材として、エンタープライズ(大手企業)向けビジネスを強化。現時点で十分に入り込めていない大手ユーザー企業に対する提案活動を強めるほか、新規顧客の獲得に取り組んでいく。
イェッター社長は、大企業向けビジネスを拡大する路線の戦略として、日本IBMの組織の「グローバル化」を急いでいる。海外IBMから優秀な人材を日本IBMに採用し、ローカルの人材と融合することによって、グローバル案件に効率よく対応する体制を築こうとしている。イェッター社長は本紙に対して、日本でミッドマーケット事業を統括するポストに米IBMの人物を就任させることが決まっていることを明らかにし、「数は決めていないが、これからどんどんIBMのグローバル人材を活用し、組織の国際化を推し進める」と方針を語った。
日本IBMは、これまでドメスティック指向が強く、外資系企業でありながらも、他国IBMとの連携やグローバル規模でインテグレーションを行う対応力が弱いことが、ここ数年の売上減少の要因の一つとみられる。イェッター氏は、日本IBMの社長に就任する以前に、米IBMのバイスプレジデントとして経営戦略策定を担当していた際の経験や人的ネットワークを生かして、日本IBMの組織を本格的にグローバル化しようとしている。その施策によって、大手顧客のニーズに対応し、大型案件の獲得を狙う。
「就任からの数か月で、日本のユーザー企業のおよそ70人のCEOに会って、彼らから、グローバル進出や世界での事業展開をスピーディーに支援してほしい、との強い要望を受けた」と、イェッター社長は、ユーザー企業が日本IBMのグローバル化を求めている実状を語る。
日本IBMは、組織のグローバル化を推進するとともに、首都圏以外の地域で事業を拡大することを目指している。これから、仙台、名古屋、大阪、福岡に、営業やパートナー開拓などの機能をもつ新しい拠点を設立し、東北、中部、関西、西日本の四つの地域で、ユーザー企業/販売パートナーの獲得に向けて動く。イェッター社長は、「これら新拠点でも、海外からの人材を投入し、グローバル対応ができる体制をつくる」という。
一方、日本IBMのシステムエンジニア(SE)の現場では、イェッター社長が急テンポで推進している組織変更に困惑する声も聞こえてくる。入社5年目の若手SEは、本紙に対して「(イェッター社長の)就任当初から、組織変更など変化が速いので戦々恐々としている。現場まで下りてくるような施策に対しては、まだうまく対応できる人は少ないように感じる」と、今の段階で、経営方針と現場の実態にギャップがあると語った。
組織のグローバル化を柱としているイェッター社長の方針は、IBMが世界各国で取り組んでいる、複数の国に及ぶ「グローバルインテグレーション」の標準化に向けた取り組みにもなる。日本IBMを、イェッター社長が言うところの、他国IBMと緊密に接続する「グローバリー・インテグレーテッド・エンタープライズ」に変貌させることによって、日本IBMの国際対応力を強化するだけでなく、IBM全体として、日本を含めたグローバル範囲でのインテグレーション案件に迅速に対応するための基盤を築こうとしている。
表層深層
日本で事業を展開する外資系ITベンダーのなかで、売上高ベースでビジネスの規模が最も大きい日本IBM。同社は、ユーザー企業に受け入れやすい日本流のどぶ板営業や、小規模の販社も大切に扱うパートナーコミュニティ「愛徳会」の展開などに力を入れ、「外資系色」を前面に押し出さずに、ビジネスを展開してきた。だからこそ、金融業をはじめ、外資系が入りにくいとされる業界でも実績を上げて、他の外資系ITベンダーよりも事業を伸ばすことができたという経緯がある。
しかし、ここ数年の間に、日本IBMのドメスティック指向の強さは、売り上げを維持・拡大するうえでマイナス要因に変貌してきた。
日本IBMの最も重要な顧客となる大手企業は、業種を問わず海外進出を加速し、数か国での複雑なシステム構築を必要としているが、海外IBMとのパイプが弱い日本IBMは、顧客企業のニーズに十分に対応できず、大型案件を逸するケースが増えてきた。そうした状況にあって、新社長のマーティン・イェッター氏は、日本IBMのグローバル化を最大のミッションとしている。
イェッター社長は就任から数か月の間、ほとんど表に出なかったが、裏では積極的に日本IBMの組織変革に取り組んできたようだ。日本IBMは、これから先、あらゆる面で“外資系っぽい”ベンダーになるとみていいだろう。(ゼンフ ミシャ)