インターネットイニシアティブ(IIJ、鈴木幸一社長)は、1月、中国でIaaSサービスの提供を開始した。「極めて速い段階で東南アジアでもクラウドを展開する」(鈴木社長)ことを方針に掲げ、アジアを中心に海外ビジネスを本格的に拡大。2016年をめどに、海外売上高を100億円に伸ばして、現在の3倍以上に引き上げることを計画する。中国最初のユーザーとして、現地の有力コンテンツプロバイダを獲得。これをきっかけとして、日系企業だけでなく、地場企業に対しても提案活動に力を入れる。課題は、まだ販社の数が少ないことだ。中国での販売網を早期に構築して、アマゾンなど大手外資系と戦える体制づくりを目指す。(ゼンフ ミシャ)

「海外売り上げを100億円よりも多くしたい」と語る鈴木幸一社長 IIJの子会社でアジアでの事業展開を統括するIIJグローバルソリューションズは、中国で法人向けクラウドサービス「IIJ GIO CHINA」を発売した。同社の上海現地法人、IIJ Global Solutions Chinaが、中国の大手通信キャリアでIIJの提携先であるチャイナテレコム(中国電信)とともに展開する。上海最大級のデータセンター(DC)を利用し、サーバーやOSなどのITインフラをクラウド型で提供。価格は月額350元(約5000円)からと低めに設定し、「アマゾンに近いレベルで戦う」(IIJ執行役員の丸山孝一・国際事業推進室長)と意気込む。日系企業のほかに、クラウド需要が旺盛な中国現地の企業にサービスを提案していく。
中国は、IIJがアジアでクラウドサービスを展開する初の国となる。IIJは、2013年度(2014年3月期)の早いタイミングで、人口が多く経済成長が著しいインドネシアやベトナムなど、東南アジア各国でもクラウド事業を開始する。アジア市場を中心に海外ビジネスを本格的に拡大することを図る。海外売上高は、12年度通期見通しの約30億円を、2016年までに100億円に引き上げることを目指している。現在の30億円の内訳では、米国での大型システム構築案件が大半を占める。100億円を達成するためには、アジアでのクラウド展開が必須となる。
海外ビジネスの拡大は、IIJにとって喫緊の課題だ。同社は欧州と米国を含め、海外スタッフと日本国内で国際事業に携わる従業員を合わせて約200人を配置している。IIJグループ全体の従業員数のおよそ10%だ。一方、海外ビジネスの売上目標の100億円は、2011年度の売上高の973億円に照らせば、約5%にすぎない。鈴木社長は、「事業領域をいち早く中国から東南アジアに広げて、海外売上高を100億円よりもっともっと伸ばさないといけない」と本音を語る。
IIJは、日本国内で2009年にクラウドサービス「IIJ GIO」を投入した。現時点で、800社以上のユーザー企業に納入している。中国での提供にあたり、国内と同じ品質でのサービスを提供しながら、中国の通信事情に合わせて特別な仕組みを用意した。
中国では、二大通信キャリアであるチャイナユニコム(北方)とチャイナテレコム(南方)間の相互接続回線が時間帯によってひっ迫し、いずれかの回線のユーザーが他社の回線を利用するサイトにアクセスしようとすると、海外経由の通信になる。したがって接続に遅延が発生することになる。これを「インターネット南北問題」という。そこでIIJは、二大通信キャリア双方のIPアドレスをもたせた公開サーバーをゲートウェイとして設置。通信遅延が小さいIPアドレスを自動的に選択し、高速なアクセスを実現する(図参照)。「当社独自の仕組みで、提案の際に前面に押し出していく」(丸山国際事業推進室長)という。南北問題の解決を武器に他社と差異化するわけだ。
IIJは、「IIJ GIO CHINA」の第一ユーザーとして、歌手のファンサイトを運営する上海本社のLojiaoを獲得している。中国全土にユーザーをもっているLojiaoは、南北問題の解決によって、全国ユーザーに情報を安定的に届けることができると判断して、導入を決めたという。このように南北問題の解決は受けがよいとして、IIJは、ウェブコンテンツ事業者を重点ターゲットに据えて提案を進めていく。
「ユーザー企業を増やすために、現地での販売パートナーはまだまだ足りない」。そう語る丸山国際事業推進室長は、販売体制を強化すべく、現地の販社をパートナーとして獲得することに取り組んでいく。
表層深層
アジア各国でIaaSサービスを展開するには、インフラ上で動くビジネスアプリケーションの提供が必須となる。鈴木幸一社長は、「インフラだけでは、なかなか存在価値を高めることができない」として、現地のアプリケーション開発事業者と提携し、パートナーを通じてSaaSサービスを展開することを目指している。
IIJが日本国内で「IIJ GIO」のユーザー企業数を約3年間で800社以上に伸ばすことができたのは、強いSaaSパートナーがいたからこそだ。彼らパートナーからみても、IIJが取り組んでいる海外ビジネスの拡大をチャンスと捉えることができる。IIJが海外で開拓するユーザーに対して、自社のSaaS製品を提供することが可能になるからだ。
着目したいのは、1月にクラウドサービスを発売した中国で、IIJが現地企業を重要なターゲットに設定していることだ。日本のSaaSベンダーは、自社の開発力を生かし、中国市場のニーズに最適なアプリケーションをつくれば、IIJとの提携によって、中国の企業をユーザーとして獲得することができる。中国市場のニーズを読み取って、迅速に動くことが成功への道となる。
中国は人脈がカギを握る。IIJは、第一ユーザーのLojiaoの案件を現地パートナーの紹介によって獲得した。今後のビジネス拡大のために、IIJ、日本のSaaSパートナー、現地販社のエコシステムづくりが問われる。